当時、「石油製品」に代わって伸びていたのは…?
なによりも給湯機のニーズの前提となる「住宅着工件数」も確実に減っていた。ピーク時180万戸からその当時で90万戸へ。日本全体の人口減少は2008年に始まったと言われるが、地方ではすでに何年も前から人口は激しく減少していた。
そんな中でいつまでも化石燃料エネルギーではない、エコで持続可能なエネルギー商品に舵を切らなければ――。社長に返り咲いた伊奈の最大の課題は、ここにあった。
その時代に石油製品に代わって伸びていたのは、「エコ給湯機(エコキュート)」だった。深夜電力を使って「省エネ、低コスト」でお湯を供給するマシン。非常時にも水源として使えることも売りだった。すでに1995年の阪神淡路大震災を経験していた日本人にとって、「地震に強い」というキャッチフレーズはインパクトがあったのだ(その後ますます震災対策のニーズは大きくなるのだが)。
伊奈が長府工産を一度退いた2005年以前から、エコキュートは市場に現れていた。それが約2年後の2007年には、大きくブレイクしていた。だが電気製品は長府工産は作れない。作る技術もない。
「ならば他社から仕入れてじゃんじゃん売ろう。商社機能をもとうじゃないか」
就任直後の伊奈はそう言って、営業マンたちにハッパをかけ始めた。
それは「売りたいものを売るのではない、市場の求めるものを売るのだ」という、営業マンとしては王道だった。「強いもの」が勝つのではない。「適者」が生き残るのだ、とうたったダーウィンの『進化論』にも似たテーゼだ。その当たり前のことができていなかったことに、当時の長府工産の苦しみがあった。
伊奈や井村たち営業部隊は、エコキュートに目をつけた。それまでの長府工産は石油ボイラーのメーカーだったが、ここからはもう違う。他社が作った商品も仕入れて販売店に卸す。
商社機能で勝負に出たのだ。
「会社が『これを売りたい』なんて言う必要はない」
■すばやい決断の連続
この当時のことを、伊奈はこう語る。
「専務時代から石油ボイラーをやめようとは思っていませんでした。まだ石油ボイラーは売れていますしね。でも社長になって戻ってみたら、世の中が音を立てて変わっていた。この流れにさからっちゃいけない。灯油製品が減ることは誰が見ても一目瞭然だったから、素直にエコキュートでカバーしようと切り換えました」
ここでも「流れ」に素直という伊奈の哲学が生きている。その後のことになるが、エコキュートを売っているうちに同じ流れで太陽光発電が出てきた。伊奈はこの流れにも乗って、ソーラーパネル等の太陽光関連の商品を扱うようになる。2009年には国(経済産業省)が補助金を出したりFIT(太陽光発電固定買い取り制度)もできて、大きな潮流になった。それにも乗ることで、長府工産は苦境を脱することになる。
この頃のことを、さらに伊奈はこう語る。
「営業マンが得意先回りをしたら情報はいちばん分かるんです。やはり市場のお客さんと対峙している人の考えや感触がいちばん大切です。『今までこれがよう売れよったけれど最近はさっぱりや』『最近こんなものばかり注文が来るようになった』『お客さんからはこんなものばかり問い合わせが来る』。そういう言葉を得意先から聞いた営業マンが情報をとってくる。あとはその流れに身を任せればいい。会社が『これを売りたい』なんて言う必要はない。市場が欲しがるものを提供するのが営業マンです」
同じ頃の記憶を、井村はこう語る。
「すべては事業スタイルの変化です。2009年から太陽光のFITが出てきてそれを扱ったことで長府工産は売上を伸ばしたと言われるけれど、FITの登場だけでなく伊奈が社長に戻ってすぐに事業スタイルを変えたことが勝因です。つまりは市場に寄り添って扱う商品を増やして『メーカー商社』になったこと。当時はまだこの言葉はありませんでしたが(正式には2013年から使われた)、市場のニーズを拾ったことで物すごい受注があった。そのことで長府工産は劇的に変化したのです」
この時代、伊奈を社長として返り咲かせ、自らは営業部長として営業部隊の先頭に立っていた井村の言葉には実感がある。
なによりも、それ以前には井村以下の社員には事業への不安が大きかった。それまで石油ボイラー一点張りできているから、先行きが見えなかった。2007年は社員127人、平均年齢34歳程度。まだ20年から30年は働かなければならないのだから、社員の不安は大きかったのだ。このとき53歳だった井村は、もう一人の営業部長と二人で、伊奈の指示に藁にもすがる思いで従い営業部隊をリードしていった。
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