なぜ、認知症なんかになるんだ――。物を失くす、使えなくなる、物忘れが増える……。刻々と変わりゆく妻の様⼦に⼾惑う⽇々について、棚橋正夫氏は書籍『認知症介護自宅ケア奮闘記 私の知恵と工夫』で記しています。

介護疲れを感じる日々が多くなった

妻の若い頃から、近所で気心が合い仲良くしてくれている友人がいた。

 

私も懇意にして互いの家を自由に出入りするほどの仲だった。私のゴルフ好きも知っていて、「お父さんがゴルフに行かれるときは、遠慮なしに言って下さい。豊子さんと一緒に外出しておいしいものを食べたり楽しく過ごします」と言われ、私もその言葉に甘えて、たびたびお世話になっていた。

 

しかし、どうしても、その方の都合のつかない日や、たまに複数回ゴルフに行く日は、頼みにくく一人で留守番をさせなくてはならなかった。

 

介護疲れを感じる日々が多くなった。唯一の息抜きは、趣味のゴルフだった。ゴルフは、10時間くらい自宅を空けることになる。心配なのは、妻をいかに長時間早朝から夕方まで、おとなしく自宅に留めて置くことができるかにあった。

 

プレー中でも「今頃、何をしてるかな? どうしてるかな?」と心配や不安がよぎるとゴルフに集中できなくなっていた。ゴルフは、メンタルがプレーを左右するスポーツだけに、その結果はもろにスコアに表れた。

 

妻が、一人で留守番をするときテレビ観賞ばかりでは疲れて飽きてくる。

 

何か長時間作業をさせる方法はないかと模索していた。妻は、器用で根気強さを持った性格だ。きっと、できる作業が、あるはずだと思っていた。

 

あるとき、新聞の「チラシ」を使って、机の上に置く折り紙ゴミ箱の作り方を教えて貰った。妻の時間潰しは、これだと思った。早速、折り方をマスターした。考えながら手先を使うので、脳にも良い。また「ゴミ箱を作る」と言えば、綺麗好きの妻は、喜んでやってくれると思った。

 

自宅の午後のお茶の時間。

 

「豊子。お父さんと一緒にチラシでゴミ箱を作らへん。頭の体操にもなるし……」と言うと、「チラシでゴミ箱? そんなことできるの? 面白そうだから、やってみる」
と興味を持ってくれた。「じゃあ、やろうか」となった。

「ゴミ箱作りって楽しいし面白いわ」

早速、チラシを渡し、「お父さんのやる通り、真似して折ってほしい。先ず、チラシを二つに折ります。それをさらに、二つに折って……」とゆっくりと手順を順番に教えていった。その作業は12手順で完成する。妻にやらせてみると、紙の角をきちっと揃え、丁寧に指を動かして左右対称、実に綺麗に折った。

 

「お前が作ると、凄いわ。お父さんが作ったのと比べると、仕上がりが全然違う。よくできました」と褒めた。

 

「私、ゆがんだり曲がったりするのが大嫌いだから……」「そこが、お前の良いとこや」と応えると、さらにやる気を起こしてくれた。その後も興味を持って折り続けてくれた。

 

一緒に折っていると、ちゃんと完成できた。

 

ある程度できたところで、「今度は、お前一人で折ってごらん」と一人でやらせた。ところが、1~4手順までは、できたが、5手順目になると、毎回、間違った折り方をして失敗した。

 

ゴミ箱作りのポイントは、5と6手順目にある。これを間違わずに折ることが大切だと思った。そこを、何回も何回も折らせて訓練した。教えるのに根気がいった。完全に覚えてくれるまで4~5日かかった。

 

その間に、ゴミ箱作りに慣れてきてたくさん作ってくれた。完成品が化粧箱に溜まっていくのを見て嬉しくなったのか「ゴミ箱作りって楽しいし面白いわ」と言ってくれた。

 

ちらしゴミ箱作りの手順
ちらしゴミ箱作りの手順

 

妻がゴミ箱を何分で完成させるか作業時間を測った。私は1分強でできる。妻は、丁寧に折るので3~5分くらいかかった。換算すると1時間当たり、ゴミ箱は12個くらい作ることができる。

 

60枚のチラシを渡しておけば、5時間くらいはゴミ箱作りに時間をかけてくれることになる。テレビ観賞で午前・午後合わせて5時間くらいなので、計10時間くらいは、退屈せずに留守番をしてくれると思った。

ついに妻が一人で留守番をすることに

ゴルフに行く日。「お父さんは、今日はゴルフに行きます」とカードを冷蔵庫にぶら下げ、ゴルフ場の電話番号を書いて妻に伝えた。

 

「今日は、○ゴルフ場に行ってくるわ。何かあればここへ電話して、それから、チラシを渡しておくので、ご苦労やけどゴミ箱作っておいてね」と伝えると、「うん、分かった。作っておくわ。お父さんも息抜きしてきて」と優しく言ってくれた。

 

「息抜き」という言葉を使った。私に世話をかけていることを、十分自覚してくれているゆえの表現だった。とても嬉しく思った。これからも妻をもっと大事にしようと思った。

 

ゴルフ場から帰宅した。きちっと60個のゴミ箱が、箱に入れてあった。

 

「よう作ってくれたね。全部折ってくれたん。ありがとう。ご苦労さま」と労をねぎらった。

 

「これ、ゴルフ場のお土産や」と好きなあんこの入った饅頭をお土産に渡した。「ありがとう」と言いながら妻は喜んで食べてくれた。

 

ゴルフに行くたびに、これを繰り返した。あるとき、帰宅すると、ゴミ箱が、全く作られていなかった。そばに作りかけのチラシがあった。「作りかけたけど、途中でやり方が、分からなくなったの」よく見ると、やはり、手順5で止まっていた。

 

「そうか。ここは、こう折らないとうまくいかないわ。お父さんが、手順を分かりやすくしたものを作っておくわ」と、12手順の番号を振り一つずつ大きな台紙に実物を貼って一覧にして分かるようにした。

 

「もし、間違って分からなくなったら、これを見て参考にしなさい」と扉に貼った。

 

その後、行き詰まったら、それを見て作るようになった。ゴルフのとき以外でも暇にまかせて作ってくれた。かなりたくさんのゴミ箱ができた。

 

デイサービスの先生に、そのことを伝えた。折り紙ゴミ箱は、施設でも多用されていた。妻の作ったゴミ箱を使ってもらうことになった。妻も人に喜んでもらえることに張り合いを感じ、暇を見つけては、せっせと楽しんで作ってくれた。

 

自分の仕事と思ってくれたのかもしれない。考えながら手先を動かす作業なので、脳の活性化にも役に立つと思った。

 

しかし、良いと思っていた、ごみ箱作りも長くは続かなかった。

 

2017年に入って、「しんどい。面倒だ」と言いだし根気がなくなった。認知症が進んだのか、ゴミ箱は、いつの間にか作れなくなっていた。

 

残念に思った。だが一時的にせよ一生懸命折ってくれたことは、とても良かった。

 

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棚橋 正夫
1936(昭和11)年、神戸生まれの京都育ち。1957年松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社。音響部門の技術営業などに携わる。定年後、アマチュア無線、ゴルフなど趣味の道を楽しむ。

 

 

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『認知症介護自宅ケア奮闘記 私の知恵と工夫』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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