麻酔科医から在宅医へと転身した矢野博文氏は書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』のなかで、「最期までわが家で過ごしたい」という患者の願いを叶えるために、医師や家族ができることは何か解説しています。

筋力低下、低血圧も、「結婚式出席」を目指し治療

食道の通過障害で固形物は食べられませんでしたが、食物を飲み込むこと自体に問題のない田中さんは液状の栄養剤はしっかり食べられました。当初より疼痛の訴えはありませんでしたが、強い全身倦怠感に対し医療用麻薬やステロイドが有効でした。

 

結婚式出席を可能にするための胃瘻造設も検討されましたが、現実性に乏しく危険性も伴うため、また本人の意見もあり、断念しました。

 

結婚式まであと一ヵ月と数日となった三月下旬に呼吸苦が増し、在宅酸素療法が導入されました。田中さんにかかわるすべてのスタッフは祈るような気持ちで病状の変化を見守っていました。

 

しかし幸いなことに、田中さんの経口摂取量はほとんど減少しませんでした。そして結婚式まであと二週間ほどとなった四月下旬、田中さんは「披露宴はダメでも結婚式には出席したい」と高らかに意思の表明をしました。

 

こうして賽は投げられ、計画が一気に動き始めました。リクライニング付き車椅子や介護タクシー、酸素ボンベの手配、休憩用の控え室の確保、付き添いをどうするのか……、タイムスケジュールは……、とスタッフにとってはうれしい仕事が進んでいきました。

 

痰がからんで咳き込んだり、下肢の筋力低下が進み部屋に座り込んでしまったり、起立時に一時的に低血圧になったり、と田中さんを弱気にさせるようなエピソードがいくつか起こりましたが、そのたびにスタッフは「結婚式」を前面に出して、田中さんを励まし続けました。

 

結局、結婚式場となる神社は足元が悪く危険性を伴うため、田中さんは式には参加せず、披露宴会場でお孫さんと写真を撮影することがメインイベントとなりました。そして大事をとって結婚式後は私たちのクリニックに一泊し、翌日帰宅する予定となりました。

「披露宴に出られてよかった。でも少し疲れた」

こうしてとうとう、結婚式当日を迎えることができました。家族のほかにケアマネジャーや訪問看護師に付き添われ、田中さんはほぼ予定どおりにスケジュールをこなし、昼過ぎに無事入院しました。診察に来た主治医には

 

「披露宴に出られてよかった。でも少し疲れた」

 

と話しました。翌日は予定どおり退院し、退院時は素晴らしい笑顔を見せてくれました。

 

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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鬼木 一直

幻冬舎メディアコンサルティング

親の小さな心がけで、子どもの未来は大きく変わる!前に踏み出す力、考え抜く力、チームで働く力が身に付き子どもの可能性を最高に伸ばす家庭教育メソッド。すぐに役立つ、子どもがすくすく育つ、企業のマネジメントと教育現場…

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