(※画像はイメージです/PIXTA)

需要が飽和した現代社会では、経済活動がままならず、しかし余分な需要を刺激することは倫理的でない…。手づまりなように思えますが、消費には「必要」「奢侈」の2つしかないわけではありません。双方を満たす、21世紀の経済活動で目指すべきものについて解説します。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

高い次元の悦びを与えてくれるもう一つ奢侈

「ドイツ歴史学派」を代表する経済学者であったヴェルナー・ゾンバルトは「奢侈には2種類ある」という指摘をしました。

 

抜粋を引けば「壮麗な聖堂を黄金で飾って神に捧げる」のと「自分のためにシルクのシャツをオーダーする」のはどちらもともに「贅沢」には違いないが、両者には「天と地の差があることがただちに感ぜられるだろう」という指摘です。この2つの「消費行動」に私たちが感じる「天と地の差」は何に由来しているのでしょうか。

 

ここでは2つの点を指摘したいと思います。それは「他者性」と「時間軸」です。「シルクのシャツ」が純粋に自己満足・自己顕示という「閉じた目的」に向けた消費である一方、「壮麗な聖堂」は自己だけに閉じることのない他者の救済という「開かれた目的」に向けた建設であるということです。

 

そして「シルクのシャツ」が極めて短期間のあいだに、文字通り「消費」されてしまうのに対して、「壮麗な聖堂」は事実上、無限といっていいほどの長い時間にわたって、多くの人に「高い次元の悦び」を与えてくれます。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

21世紀の経済活動に求められるのは「至高体験」

このような喜びを、思想家のジョルジュ・バタイユは「至高性」と呼びました。

 

「私は思い出す。そのとき私は、シエナの大聖堂が、広場に立ち止まった私に笑うように駆り立てた、と言い張ったのだった。「そんなことはありえないよ。美しいものは可笑しくない。」と人に言われたが、私はうまく説得できなかった。

 

しかし私は、大聖堂前の広場で子供のように幸福に笑ったのだ。大聖堂は、7月の陽光の下、私の目をくらませた。」

 

ジョルジュ・バタイユ『ニーチェについて』

 

バタイユが自身の「至高体験」の例としてゾンバルトと同様に「大聖堂」を挙げているのは単なる偶然ではありません。ここに「高原社会における経済」を駆動する欲求のあり方に関する重大な示唆があると、私は思います。

 

ここでバタイユが「シエナの大聖堂」として挙げているのはおそらくシエナの司教座聖堂のことでしょう。白と黒の大理石による象嵌のストライプが来訪者に鮮烈な印象を与えるこの建物が建立されたのは、14世紀初頭のことです。

 

以来、700年の長きにわたって、この大聖堂は、新たに二酸化炭素を出すこともなく、追加で自然資源を消費することもなく、そこを訪れる人に「これまで生きていて良かった」と感じさせるような「至高の体験」を与え続けているのです。この「資源生産性の高さ」こそが、21世紀の経済活動に求められているのです。

 

 

山口周

ライプニッツ 代表

 

 

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