きもの業界が勢いを失うなか、きもの店の二代目となった筆者は、先代のビジネス手法をを検証した結果、思い切った改革に踏み切ることにしました。従来と異なるやり方に嘲笑を浴びせる業界関係者は少なくありませんでしたが、古臭く硬直化した業界だからこそ、わずかなイノベーションが大きなチャンスにつながることに気づきます。

先代は「きもの業界が好況だった時代」しか知らず…

筆者は法人化や社内制度の改革、店の改築といったハード面だけでなく、商品やサービス内容というソフト面でも、母のやり方の見直しを進めました。

 

母は、きもの業界が好況だった時代のビジネスしか知りませんでした。そのため、手間のかかる商売は敬遠気味だったのです。例えば、悉皆屋にとってきものの丸洗いやしみ落としはメイン業務です。しかし母は、「きものの更生より、新しいものを売るほうが早い」と言い、丸洗いやしみ抜きのメンテナンスは面倒なお仕事と敬遠していました。

 

バブル期で金に糸目をつけないお得意さまばかりだったころなら、それでもよかったのかもしれません。しかし、きものにお金をかける人がどんどん減る時代に、そんなやり方が通用するはずがありませんでした。

 

そこで筆者が力を入れたのが、きものの丸洗いサービスでした。

 

たかはしに丸洗い(ドライクリーニングに「汗取り」などの工程を加えたもの)を頼むのは、一般のお客さまだけではありません。ときには街のクリーニング店から、「クリーニングに失敗したきものを、そちらで更生してほしい」と依頼が入ることもあります。なぜなら、一般的なクリーニング店は洋服に関する経験は豊富にもっているのですが、きものを洗い仕上げるためのノウハウは決して十分ではなかったからです。

 

高度な技術を必要とする洗いのなかで、特に重要なのはプレスなどの仕上げ方法です。袷のきものは表と裏の収縮率に違いが出たりしますが、それをプレスの段階で修正するのです。また、きものには縫い目を隠すための「きせをかける」という縫製技術があり、縫い目に布が被っているように仕上げているのですが、そのきせをつぶさないようにプレスするのがとても重要なのです。このあたりは洋服では求められない技術ですから、一般的なクリーニング店にとっては習得が困難です。

 

筆者の店は京染店ですから、当然、京都にある悉皆屋を経由して専門業者に外注しています。ところが当時、彼らはきちんとした料金表をもっていませんでした。決まっていないといったら語弊があるでしょうか。当時の筆者には極めていい加減に思えたのですが、手のかかりようで価格が変わってくるのです。

説明せずに価格を変更する、業界の慣例に「不信感」

例えばしみ抜きですが、どんなに小さくても時間がかかれば高くなり、大きくても簡単であれば安い。それは仕方のないことだとして、「洗い張り」というものの価格が変わるのは納得できませんでした。なぜ変わってしまうのかを突き詰めたところ、仕上げに手間がかかったなど、確かに理由はありました。しかし、それをいちいち説明せずに変えるのは、ユーザーの立場で考えれば不信感につながることだと感じました。

 

きものを1着丸洗いに出すと、1万円くらいかかります。きものを扱う業界関係者にとっては、1万円はたいした金額ではないかもしれません。しかし一般のユーザーにとって、1万円は大きな金額です。もし丸洗いが済んだあとで、「今回の代金は1万円ではなく、2万円いただきます」などと言われたらたまったものではありません。筆者なら、二度ときものなんて着るもんかって思うかもしれません。少なくとも、そのお店にはもう二度と行きたくないと思うでしょう。

 

こうした事態を避けるためには、まず、お店のなかできちんと作業を見分けられる目をもつことが重要でした。お見立てしたその場で概算を出すことが必須で、しかもお客さまにお話しした見積もりより高くならないことも欠かせません。そのためには、見立てるための眼力を養う必要があります。筆者は必死で勉強しました。時には見立てを外すこともあり、そのときは損をしても約束した金額で納めることを徹底しました。

 

そのうえで、判断のつかないものは現物を送って、直接見て「先見積もり」を出してもらうという、両方が慎重に対処することが必要でした。場合によっては作業途上で予想より手間がかかったため、追加料金が欲しいというケースもあります。そのときは事前に連絡をもらい、お客さまに聞いてから作業に入るようにしなければなりません。お客さまが納得できないお金は受け取ってはいけないのです。その細やかな対応が信頼をいただくためにはとても重要だということをお話しし、「先見積もり」をもらえるようになるまで数年かかりましたが、価格のことでお客さまから叱られることはなくなっていきました。

 

他業では当たり前の「きちんとした料金表を用意し、その料金で仕事をやり終える」ということは最低必要な条件で、いまではどこのお店でも当たり前に行われるようになっています。

 

いずれにせよ、筆者はさまざまな場面で、業界よりお客さまのほうを見て仕事をすることを徹底しました。母からはその都度、強く反対されたものです。「そんなことまでやっていたら、面倒で仕方がない」というのが母の主張でした。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

「きもの業界初」は、「日本初」ではないものばかり

筆者はこれまでに、数々の「きもの業界初」を実現してきました。例えば、問屋に卸すのではなく直接卸の道を選んだことや、肌着の試着サービスを導入したことは、どちらも、それまでに例のない取り組みだったと思います。また、筆者の会社にとって初めてのヒット商品となった満点スリップは、顧客が喜ぶはずの商品を生み出すという発想で開発をしました。

 

当時のきもの業界はどの会社も売り手・作り手側の視点でものをつくり売っていたように思います。初めはきっと顧客視点に立ったものづくりだったはずですが、時代の流れに敏感ではありませんでした。伝統産業の落とし穴だと思います。

 

ただし、筆者のやり方はあくまで「きもの業界初」で、「日本初」ではありませんでした。例えば肌着の試着サービスは、すでにアパレルの下着メーカーが行っていました。和装業界でなかったら、業界のパイオニアではなく、単なる二番煎じ、いや二番煎じでもない単なる当たり前と見なされたはずです。

 

新しい取り組みが次々と生まれるような業界でパイオニアになるのは、難しいものです。一方、古くさい常識に縛られている業界なら、イノベーションを起こしてヒット商品を生み出すまでのハードルは意外に低いといえます。

 

古い業界には、頭が固く、革新的な取り組みに対してとにかく反対し続ける人がいます。筆者も、新たな取り組みを始めたときには、業界関係者から嘲笑をあびました。当時は正直言って、気持ちが揺れたこともありました。しかし、徹底した顧客視点でものづくりに取り組み続けたことで、お客さまからは徐々に評価されました。また、業界を改革したいという志をもっているほかの経営者からも支持されたのです。

 

きもの業界は、時代遅れでIT化などの取り組みがなされていない業界です。しかし、こうした場所にこそチャンスがあり、小さい努力でイノベーションが可能なのです。筆者の会社では2005年に新発売した和装肌着「満点スリップ」をはじめ、数々のオリジナル商品をヒットさせてきました。そして、20年前には5000万円程度だった年商は、2億円を超えるまでになったのです。

 

髙橋 和江

有限会社たかはし代表

和装肌着製造メーカー「たかはしきもの工房」代表

きものナビゲーター
 

 

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