社会情勢にあわせて、GDPに非物質的な産出を算入するべきだという議論があります。しかしそのようなGDPの「延命措置」に必要性はあるのでしょうか。なぜこの指標はそれほどまでに重要視されるのでしょう。GDPの問題点について解説します。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

長期低落傾向…「GDPの延命措置」に意味はあるのか

私たちの世界が「不可避なゼロ成長への収斂の最中にある」という指摘は、すでに多くの経済学者によってなされています。たとえばハーバード大学の経済学教授、ローレンス・サマーズは、先進国のGDP成長率が長期低落傾向にあることを指摘し、これを「長期停滞=Secular Stagnation」と名づけて解釈しようとしています。

 

サマーズは、2009年の世界金融危機後、連邦準備制度理事会(FRB)による積極的な量的緩和政策にもかかわらず、アメリカ経済が期待をはるかに下回る弱々しい回復しか実現できず、金利が低下し続けている事態について「多くの専門家は予想もしていなかったはずだ」と述べています。つまり、サマーズは「これは金融危機による一時的な停滞ではなく、構造的・長期的なトレンドなのではないか」という問題提起をしているわけです。

 

GDPの計量には必ず政治的配慮が絡むという。(写真はイメージです/PIXTA)
GDPの計量には必ず政治的配慮が絡むという。(写真はイメージです/PIXTA)

 

さて、このような指摘に対しては、おそらく次のような反論があると思います。すなわち「GDPは非物質的な無形資産を計量していない。経済が非物質的な価値を生み出すことに大きくシフトしている現在、GDPに非物質的な産出(=Production)を算入すれば、結果は大きく異なるはずだ」という反論です。

 

この主張は昨今、いろいろなところでやかましく言われていることですが、筆者としても、まずは「それはまあ、その通りでしょうね」と反応するしかありません。そして、その上であえて、そのような「GDPの延命措置」に対しては、次のような考察が必要ではないかと考えます。

GDPは「恣意性の含まれた数値」である

まずは、どのような補正をしても、結局のところGDPが「恣意性の含まれた数値」であることには変わりがない、ということです。GDPの算出にあたっては、目が眩むほど多くのデータポイントを拾いながら、どれを算入し、どれを算入しないかについての主観的な判断が、つねに介在します。たとえばガーナのGDPは2010年11月5日から翌日の6日にかけて、一夜にして60%も成長し、「低所得国」から「低位中所得国」へとランクアップしました。

 

なぜこんなことが起きるかというと、GDPの計量には必ず政治的配慮が絡むからです。「低所得国」と「低位中所得国」では国際機関や金融機関から受けられる経済支援や金利優遇などのレベルが変わってくるので、「どの程度の数値に落とし込むのがもっとも得か?」という問いに対する施政者の判断によって「政治的調整」が謀られるわけです。

 

さらに指摘すれば、計算上のさまざまな約束事の適用の仕方によっても数値は大きく変わってくることになります。たとえばすべての国のGDPは最終的にドルベースで算出されますが、この時、各国の通貨をドルに換算するにあたって、為替レートでドル換算するか、物価水準(購買力平価)でドル換算するかで容易に10%以上の差が生まれます。

 

今日の日本ではGDP成長率の「0.5%の上下」に大騒ぎしていますが、そもそもGDPというのはそのような微差の議論に耐えられるようなハードデータではなく、ある「基本的に合意された方針」に基づいて各国の統計担当者が恣意的に拾い上げた数値、言うならば「一つの意見」でしかない、ということです。

 

無形資産の算入に関する議論ではしばしば「現在のGDPは実態を表していない」などといった言い方をする人がいますが、そもそもGDPには「実態」などありません。

 

このように考えていくと、必然的にまた別の論点が浮かび上がってきます。それは、この「新しい計算方法」の導入には文脈に即した目的合理性があるのか?という問題です。

 

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ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

山口 周

プレジデント社

ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか? 21世紀を生きる私たちの課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生措置を施すことではない…

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