前回は、社長まで任せた「営業の柱」を失った会社が、M&Aで蘇った事例を紹介しました。今回は、「事業の拡大志向」が、さらなる相乗効果を生んだM&Aの事例を見ていきます。

「安定経営の会社」に対し、創業社長は・・・

実例5◦事業領域の拡大志向に適合し高値売却

 

試作品製造 資本金4000万円 売上高4億円 従業員数25名

譲渡価格:2億円

 

有村製作所株式会社(仮名)は試作品製造の会社で、創業18年目を迎える中小製造業です。従業員は25名と小規模ながらも、短納期に対応できるスピードが強みで、取引先は100社を超えています。

 

試作品の精度が高く、難易度が高い加工を成功させた実績もあったため、自動車やロボットの有数のメーカーから高い評価を受けていました。売上高は4億円で経営は常に安定、受注量を増やし業績を拡大することも可能でしたが、品質を重視する社長は一社一社と堅実な取引をすることをモットーとしており、無理に事業を拡大しようとしていません。その経営方針も好評で顧客との関係性も良好で強固です。まさに盤石な体制と言える優良会社でした。

 

一方で創業者である有村社長は、良い品質を提供するための人材確保にこだわりがあり、引き合いはあるのにこの規模に留まっている会社の現状での限界を感じていました。内心ではもっと利益を上げて、規模を拡大させたいと考えていたのです。

 

有村社長は一番の問題は自身の経営手腕にあると分析していました。有村社長はまだ48歳、傍からすればこれからもっと力強く大胆な経営戦略を講じて業績を伸ばしていくことができる年齢だとも思えました。

 

しかし本人は、今の限られた資金と人員でさらなる結果を出す能力がない、また頑張ってやってみても今までの品質が維持できず、従来の取引をなくしてしまうのではないかと危惧していたのです。

 

また、後継者選びについての迷いも、社長自身が大胆な事業戦略に打って出られない要因でした。息子は3人いましたが、まだ幼く経営を譲ることは不可能でした。かといって、従業員の中から社長になれるような人材もまだまだ育っていませんでした。

 

要するに、今のまま自身が経営している限り、無難に粛々と経営を続けるしかなかったのです。しかし、有村社長は安全な方法さえあれば事業を拡大したい、成長させたいと思っていました。そこで、思いついたのが関東圏の大手企業との資本提携です。会社をM&Aで譲渡した経験のある知人から幾つか助言をもらった後、私の元に来てもらうことになりました。

それぞれに不足している「技術力と資金力」が融合

有村製作所は、経営や業績は安定、取引先は多くて関係も良好、経営者は若く従業員の多くが働き盛り、中小製造業ながらかなりの需要は見込める案件だと確信していました。しかし多くの企業と交渉する余地があるからこそ、本当に有村製作所にとって相乗効果が見込める相手に絞ることは難しい状況でした。

 

有村製作所の事業を拡大するには、今持っている高度な試作技術を活用し、自社製造品にまで発展させることが必要だと考えました。そのため、異業種はあまり考えず、横軸と縦軸の企業をメインで探すことにしました。案件化を終え、候補先の企業をリスト化して、2人でどの企業を優先して交渉を進めていくか絞り込みます。

 

有村社長がピンと来たのは、ある神奈川にあるプラスチック異形押出製品の製造をしている会社でした。所在地が神奈川ということで希望の関東圏にありましたし、売上規模は500億円を超えているため資金力も十分です。住宅建材業界へ傾注していることから、現在、有村製作所が食い込めていない業界での新規取引先開拓も望めます。何より、量産を得意と謳っているところがポイントでした。

 

有村製作所はスピードと精度を兼ね備え、技術もありますが、いかんせん小規模で資金力もないため自社で製品を製造する量産体制が構築できません。また、試作品製造を通して、新たな製品を開発するシーズは持っているのですが、それを軌道に乗せるための資金力も不足しています。

 

有村製作所が開発し、それを買い手側の800名を超える従業員の量産体制に流すスキームをつくれば、二社の力の相乗効果で倍どころか何十倍の事業拡大も見込めると閃いたのです。買い手側としても、有村製作所が優良会社であったこと、有村製作所に100を超える取引先との繋がりがあったことで、販路拡大へのメリットが大きく、交渉は順調に進みました。

 

譲渡価格については、デューデリジェンスで幾つかの減価要因が発覚するなど二転三転しましたが、M&Aが破談するほどの大きな問題にはなりませんでした。最終的な譲渡価格は2億円です。有村社長は自身の経営能力に限界を感じていたものの、その自己を客観視する能力が、かえって買い手側の社長から評価され、最低でもあと5年は経営を続けることになりました。

 

M&A後、有村社長は買い手側の潤沢な資本力を武器に、新分野にチャレンジする新たな成長戦略を描き、陣頭指揮を執っています。新規事業の見込みが立てば、量産体制を活用し大きな市場を獲得することができます。有村社長は今までとは打って変わり、積極的になり、さらなる規模拡大へ向けて邁進しています。

 

また、従来の事業分野においても、お互いの取引先と良い関係性を築き始めていて、仕事はこれからどんどん増えそうです。

 

【図表】 実例5まとめ

本連載は、2016年4月27日刊行の書籍『中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

中小製造業の社長が知っておきたい会社の売り方

浅岡 和彦

幻冬舎メディアコンサルティング

自分が高齢になってもその技術や従業員を守っていきたい、自社の技術を信頼してくれる取引先に迷惑をかけたくない──これは中小製造業の社長に共通する願いでしょう。 しかし、社長の思いに反し、多くの会社がいま存続の危機…

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