陰性=安心ではない!陽性と陰性の境界線は極めて曖昧
PCRでは「死んでいる遺伝子」を拾ってしまうことがしばしばあります。
その人の体内に、ウイルスはもういない。しかし、「ウイルスの死骸」は残っている。そんなケースでもPCRは陽性になります。2020年6月、読売ジャイアンツの選手2人が「微陽性」と判定されました。彼らはおそらく、検査前に新型コロナに感染していたのでしょう。検査をしたときはすでに感染は終わっていて、抗体によって殺された遺伝子が引っかかったのだと思います。
その後、ジャイアンツの2選手はもう1回検査を受けました。結果は陰性でした。それから今日まで、彼らが発症したという報道はありません。つまりこれは、回復者が陽性と判定されたケースだと推測できるわけで、こういう形でも偽陽性が起こります。ちなみに、「微陽性」という言葉は医学の世界にはありません。しかし、それは言い得て妙なネーミングだと、あの報道が出たときに僕は思いました。
PCRは、ウイルスの遺伝子を見つける検査です。結果は陽性/陰性の2種類で示します。「不明」とか「微妙」といった結果はありません。
「この人の体内にウイルスがいる」と判定できるボーダーラインの数値を閾値(いきち)と言います。閾値を超えれば陽性で、超えなければ陰性です。
しかし、閾値というのは人間が恣意的に作った基準にすぎません。それはいわば、「身長が何センチ以上だと高身長」とか「体重が何キロ以上だと肥満」ということを、どこかの誰かが決めるようなものです。たとえば、僕の身長は166センチです。そこで「身長166センチ以上は高身長」「166センチ未満は低身長」という基準を僕が独断で作ったとします。それは僕という人間が恣意的に作った基準にすぎません。
まあ、そこまで機械的にしないでも、同じ高身長にもいろいろな様相があります。身長200センチを超える「誰がどう見ても高身長」という人もいれば、僕のような身長でも「高身長」のカテゴリーに入る地域や国が世界のどこかにある(と、密ひそかに希望しています)。
PCRの閾値もこれと同じです。同じ新型コロナ陽性者でも様相はいろいろあって、「明らかな陽性者」もいれば、「ギリギリの陽性者」もいるわけです。
陰性についても同じことが言えます。陰性という結果は「ウイルスがいない」という証明ではありません。「閾値を下回っている」ということです。本当にウイルスがいないのか、PCRでは感知できないレベルのごく少数のウイルスがいるのか。陰性という結果はその違いを指し示してはいないのです。
岩田 健太郎
神戸大学病院感染症内科
教授