実験室と現実世界は別物…検査に間違いが付き物な理由
あらゆる検査には間違いが起こります。
一般的な血液検査、CT、MRI、PCRのような遺伝子検査。現代医学にはさまざまな検査がありますが、そのすべてに間違いが起こります。例外はありません。病気を見つけられないこともあれば、病気ではない人を「病気だ」と判定しまうこともあります。
ですから、医者は「検査が間違えている可能性」を常に加味した上で判断しなければいけません。たとえば新型コロナのPCRなら、陽性という検査結果が「間違った陽性(偽陽性)」かもしれないというリスクを、必ず考えなければいけないわけです。
逆もまた然りです。PCRが陰性ということだけを根拠に「この人は感染していない」と決めつけることはできません。
新型コロナについての議論の多くは、ここを出発点にしないと不毛な議論にしかならないのですが、しかし実際には「偽陽性など存在しない」という、いわば「原理主義」とでも言うべき主張をする人がいます。
彼らに言わせれば、遺伝子を捕まえる技術は確立されている。正しい手順を踏めば、必ず正しい結果が出る。ゆえに偽陽性などは存在しない――、たとえば生物系の基礎研究をしている先生は、そんなことをよく言います。正しい手順を踏めば、正しい結果が出る。それはそのとおりです。
ただし、それは検体を正しく採取し、検査室の環境を理想的に整え、必要に応じてバリデーション(検証)をくり返していけば――、という前提付きでの話です。もし、そのような理想的環境と、時間的余裕があれば偽陽性が出る可能性はかぎりなくゼロに近くなります。
しかし、現実世界(リアルワールド)は実験室とは違います。
感染者が爆発的に増えると、検査技師さんの仕事も爆発的に増えます。問い合わせの電話がジャンジャン鳴って、検査室のスタッフ全員がバタバタして、疲れてもロクに休憩をとれず、お腹が空いても食事もできず、毎日遅くまで仕事をしているために睡眠不足になれば、当然ミスが出ます。場合によってはミスが多発します。
たとえば検体の汚染です。実験室で作業をしているときにでも、ウイルス遺伝子のある検体とウイルス遺伝子のない検体が混ざってしまうというミスは、昔からあります。ウイルス遺伝子のある検体を、ウイルス遺伝子のない検体と取り違えてしまうミスも、よくある古典的なミスです。
話はちょっと飛びますが、重力の法則というものがあります。「あらゆる物体が落下するスピードは同じである」「かのガリレオ・ガリレイは、ピサの斜塔の実験でそれを証明した」という話を、みなさんは学校で習ったはずです。
たとえば、1キログラムの鉄球と1ミリグラムの羽毛の落下スピードは同じです。ただし、それには「空気抵抗を無視すれば」という条件がつきます。
空気抵抗を無視すれば、どんな物体であれ同じ加速度で、同じスピードで、同じ時間に落下します。これは事実です。しかし、現実世界には空気があります。現実世界に生きている僕たちは、空気を無視できません。
理想環境下で正しい手順を踏めば、PCRの偽陽性は起こらない――。これはいわば「地球に空気がなければ羽毛も鉄球も同じ速度で落ちる」と主張するようなものです。リアルワールドのデータこそが、我々の感染対策に役に立つデータなのです。