元夫・天外が脚本を担当する映画への依頼に
昭和31年(1956)には『世にも面白い男の一生 桂春団治』に出演した。
長谷川幸延の小説『桂春団治』を映画化したものだが、5年前には松竹新喜劇もこの小説を原作とした『桂春団治』を公演して評判になっている。文芸路線に転換した渋谷天外の脚本も高く評価された。
千栄子にとっては、因縁を感じる映画だったろう。また、この映画でも脚本は渋谷天外が担当している。
元夫に対する恨みの念はまだ強く残っていたはず。断ることもできただろうが、千栄子はこの仕事をうけることにした。
春団治の妻・おたまの姉役として出演することになる。おたまを演じる淡島千景と春団治役の森繁久彌は、この前年に『夫婦善哉』で共演した仲だった。
『夫婦善哉』は大阪・法善寺横丁を舞台にした織田作之助の小説が原作になっている。大正期の商都・大阪の活気とそこに生きる庶民の人間模様がリアルに描かれ、評価も高く映画は大ヒットした。
『桂春団治』は、その『夫婦善哉』と同じキャスティングで、大正期の大阪という時代背景や舞台もまた同じ。2匹目のドジョウを狙う制作者側の意図は理解できる。そうなれば、千栄子は欠くことのできない重要なピースだった。
「この仕事を断ったら、ほんまもんの女優とはいわれへんな」
浪花千栄子という女優が必要とされているのなら、私情に流されることなくうけるべきだと考える。
妻である自分と女優である自分との戦いだった。と、天外との結婚生活をふり返って彼女は語っていた……。しかし、劇団座長の妻という足かせが外れた後も、女優・浪花千栄子は自分と戦い続けていた。
本音を言えばやりたくない辛い仕事は他にもあっただろう。しかし、女優のプライドが、そこから逃げることを許さない。女優である限り、深手を負うことも承知で、戦い続けなければならなかった。
青山 誠
作家
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