1都3県における緊急事態宣言が延長となった。この決定により事態は改善されるのか? やはり世間一般からは疑問視する声が多く上がっている。しかし専門家から見ると事態はいっそう深刻だ。世界各国が変異株対策に取り組む中、日本の対策は遅々として進まず、昨年のコロナ蔓延を防げなかった「失敗の本質」は変わっていない。現役医師の上昌広氏が、最新の研究にもとづき報道からは見えない実態を緊急レポートする。

当面「感染者の激増ナシ」だが…宣言延長とは無関係

3月7日までと予定されていた首都圏の緊急事態宣言が、2週間延長された。菅義偉総理は、その理由として、新規感染者数が「下がりきっていない」ことを挙げている。

 

確かに、東京都の3月5日までの1週間の平均感染者数は274人で、対前週比は102%だ。感染者数が増加したのは、2月2日の週以来、約1ヵ月ぶりだ。

 

では、2週間の延長で事態は改善されるだろうか。私は2つの理由から期待薄だと考えている。

 

まずは、国民の自粛疲れだ。3月5日の記者会見で田村憲久厚労大臣は「瀬戸際の2週間だ。もう一度宣言の主旨に立ち返り、感染防止に心がけてほしい」と説明し、読売新聞は翌6日の社説に『緊急事態宣言 感染対策徹底させる2週間に』という文章を掲載した。

 

ところが、このような訴えは国民には届いていない。毎日新聞が3月8日に掲載した『週末都心人手増加 緊急事態宣言再延長効果薄れ』という記事によれば、NTTドコモのデータを解析したところ、首都圏4都県の20地点の人手は、緊急事態宣言再発令後の最初の週末である1月10日と比べて、3月6日はすべての地点で増加していたという。これでは、緊急事態宣言を2週間延長しても、大きく事態は変わらないだろう。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

ただ、私は、このような状態が続いても、当面の間、感染者が激増することはないと考えている。それは、新型コロナウイルス(新型コロナ)の流行が自然に収束する時期と重なっている可能性が高いからだ。

夏と冬…年2回に流行する「季節性コロナ」の性質

コロナウイルスは風邪ウイルスだ。以前から4種類のコロナウイルスが世界で流行を繰り返していた。このようなウイルスを季節性コロナという。季節性コロナの特徴は、夏と冬、1年に2回流行を繰り返すことだ。流行の規模は冬の方が遙かに大きい。

 

研究者の関心は、新型コロナも、このような性質を持っているかだった。昨年1年間の流行状況をみていると、どうやら答えは「イエス」のようだ。

 

【図表】をご覧いただきたい。この図表は世界各国で感染者数がピークになった日と、その時の新規感染者数を示している。1月と8月に二峰性の分布をしていることがわかる。

 

2021年2月17日時点 参照:Our Wourld in Data
【図表】COVID-19 第二波、第三波における人口10万人あたりの感染者数と感染ピーク日 2021年2月17日時点
参照:Our Wourld in Data

 

感染者数、感染対策は各国で異なるのに、感染がピークになった日は驚くほど似ている。季節性の変動なしに、このような状態ができることはない。

 

ここで特記すべきは、ブラジル、南アフリカの存在だ。1月の感染者のピーク数は北半球のカナダやメキシコを上回る。真夏の南半球で、真冬の北半球並みの流行が起こっていることを意味する。その理由は変異株の存在だ。南アフリカ型、ブラジル型などの変異株は、従来型と比較して、感染力が強いことが知られている。

 

これら2つの型以外にも英国型の変異株の存在が知られており、これも感染力が強い。【図表】を見れば、今年1月のイギリスでの感染者数はドイツやイタリアなどを遙かに上回っていることがわかる。

 

変異株の中にはワクチンが効かないものもある。南アフリカ型の場合、アストラゼネカ製ワクチンの有効性はわずかに22%だったし、ノババックス製のワクチンの有効性も43%に過ぎなかった。

 

南アフリカ政府は、100万回分のアストラゼネカ製ワクチンを購入し、接種を予定していたが、急遽取りやめ、2月17日から南アフリカ型変異株にも有効とされているジョンソン・エンド・ジョンソン製のワクチンの接種開始へと方針変更を余儀なくされている。

現状の対策では、今夏「変異株の大流行」は不可避

現在、世界は変異株対策に懸命だ。2月14日、ニュージーランド政府は、オークランドで一家3人が変異ウイルスに感染した可能性があるとして、3日間のロックダウンを決定した。これから秋・冬へと向かうニュージーランドは、変異株を蔓延させたくないのだろう。

 

では、日本はどうだろう。すでに日本には変異株が入っており、急速に拡大しつつある。3月1日、神戸市が、市内での英国型変異株の感染状況について情報を開示した。神戸市内の陽性者数は1月1~28日の1,962人から2月12~18日には122人に減少している。神戸市でも流行が収束に向かっていることがわかる。

 

ところが、この間に変異株が急増した。1月1~28日に677件の変異株の検査を実施し、1件も陽性例はなかったのが、2月12~18日には79件の変異株の検査を実施して12件が陽性となった。その割合は15.2%である。

 

変異株の拡大は、神戸市だけではない。3月8日には埼玉県で20人の変異株感染者が確認され、2人が重症という。この変異株の拡大こそ、筆者が2週間の緊急事態宣言の延長だけでは期待できないと考える2つ目の理由だ。現状の対策を続ければ、感染者数は横ばいだが、その中味は変異株へと置き換わっていくだろう。そして、夏場の流行が拡大する4、5月頃から大流行へと発展していくのではなかろうか。

日本がコロナ蔓延を防げない「失敗の本質」

この問題に対応するには、変異株の検査体制を強化するしかない。

 

変異株の検査はPCRとゲノムシークエンスで構成される。英国型やブラジル型など既知の変異株は専用のPCR検査で検出可能だが、新しい変異株を検出するにはウイルスのゲノム配列全てを解読するしかない。このような作業をシークエンスという。

 

小崎健次郎慶應義塾大学教授らの研究により、日本でも独自の変異株が発生していることがわかっている。感染が拡大すれば、さらに変異株の発生が増えるだろう。

 

世界はPCR検査は勿論、シークエンス体制の強化に懸命だ。PCR検査と比べて、シークエンスは遙かに手間と金がかかる。米バイデン政権は2月17日、変異株のシークエンス体制などの強化目的に、「頭金」として2億ドルを投じることを決めた。シークエンス能力は、現在の週7000件から2万5000件を目指すと言う。

 

日本の検査体制は脆弱だ。PCR検査数が、世界で例をみない少なさであることは繰り返し報じられている通りだ。本稿では詳述しない。

 

シークエンスも例外ではない。厚労省は、国立感染症研究所を中心としたシークエンス体制を構築している。その正確な能力は公表されていないが、塩崎恭久・元厚労大臣のブログによれば、日本のシークエンス能力は昨年末に300件/週程度で、体制を強化した現在、最大で800件/週だという。米国の30分の1程度だ。

 

厚労省も問題は認識しており、国立感染症研究所のゲノム解析チームを、現行の6人から8人に増やすとしているが、これでは焼け石に水だろう。

 

前出の塩崎元厚労大臣のブログでは、「全国には80余りの大学医学部があり、それぞれのゲノム解析専門家の協力を得ればかなりの数」となり、有力な研究者からの情報として、「世界最先端の機器を使えば、1か所で週に7,500件程度は処理」でき、「全国の大学等でやれば、毎週60万件解析」できると書かれているが、厚労省にその気はなさそうだ。

 

このあたり、PCR検査を国立感染症研究所と保健所・地方衛生研究所で独占し、検査数を抑制した昨年の状況と似ている。これこそが、日本に新型コロナウイルスを蔓延させた「失敗の本質」なのだが、いまだに厚労省は懲りないようだ。与党も積極的に方針転換する様子はない。

 

このままでは、今夏、日本での変異株の大流行が避けられない。3度目の緊急事態宣言下での東京五輪開催も夢物語ではない。

 

 

上 昌広

内科医/医療ガバナンス研究所理事長

 

 

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