「マスクを着けるか、外すか」は“ズレまくり”な議論
我々は、いつまでマスクを着けるべきか。5月19日、尾身茂・コロナ対策分科会会長は、屋外で周囲との距離が十分に確保できない場合でも、徒歩移動などで会話が少なければ、必ずしもマスクを着用する必要はないとの見解を示したが、多くの国民は、いまだに屋外でもマスクを着けたままだ。マスコミでは『論点:マスク外す?外さない?』(毎日新聞6月10日)のような議論が盛り上がっている。
私は、一連のマスク論争こそ、日本のコロナ対策の迷走を象徴していると考えている。それは、議論がエビデンスに基づかず、空気に左右されているからだ。
着用を強いたり、未着用者を気にしたりする必要はない
実は、屋外はもちろん、屋内についても、コロナ対策におけるマスクを効果は確立しているとは言いがたい。今年2月、韓国の研究チームが『医療ウイルス学』誌に発表した研究が興味深い。彼らは、コロナ感染予防に対するマスクの有効性を調べた複数の臨床研究の結果をまとめたメタ解析を行った。この研究では、マスクの効果は、そのタイプによって違っていた。医療従事者がN95という特殊なマスクを用いた場合、コロナ感染は7割程度減っていたが、一般人が通常のサージカルマスクを使用した場合には、感染リスクは2割程度減るだけで、有効性は統計的に有意ではなかった。つまり、効果は証明されていないことになる。
メタ解析は、複数の臨床研究をまとめるため、医学的エビデンスとして最も尊重される。ところが、メタ解析を実施しても、一般人がサージカルマスクを使用することで、コロナ感染を予防できる効果は証明されていない。私は、コロナ関連の講演会を行うとき、必ず、この研究を紹介することにしている。聴衆はたいそう驚き、質疑では、必ずといっていいほど、「マスクが無効かもしれないとは考えたこともない」という感想が返ってくる。
私は、マスクの有効性は証明されていないから、着けるべきでないと主張するつもりはない。ただ、効果はあったとしても、感染を2割程度減らすだけなので、装着を嫌がる人に無理強いする必要はないし、マスクを装着していない人が周囲にいても、そこまで気にする必要はないということはできる。こう考えるだけで、日常生活のストレスは、多少は緩和されるはずだ。ちなみに、このような対応は、日本以外の世界標準だ。
コロナ感染の主体は“空気感染”。対策の基本は「換気」
なぜ、日本のコロナ対策は、こんなにピントぼけなのか。それは、コロナ流行後、全世界で進んだ研究成果を採り入れ、柔軟に対応していないからだ。マスクについて、見方が変わったのは、コロナ感染の主体が、唾液などによる飛沫感染ではなく、エアロゾルによる空気感染が主体であることが明らかとなったからだ。両者は、必要とされる対応が異なる。
エアロゾルの大きさは通常百μm以下で、数μmのものも多い。空中に排出されたエアロゾルの物理的な振る舞いは、飛沫とはまったく違う。注目すべきは温度だ。エアロゾルの温度は約37度と気温より高いため、すぐに上層に移動する。そして、その間に水分が蒸発する。この結果、ウイルス粒子が濃縮された微小なエアロゾルが形成され、数時間にわたって空中を浮遊しながら移動する。閉鎖空間であれば、上層に蓄積する。その場に居合わせた人が、濃縮したコロナ粒子を吸い込めば感染する。屋外なら空中に放出されたエアロゾルは、その場で希釈される。感染のリスクは無視できる。
問題は屋内だ。この点でも研究は進んでいる。対策の基本は換気だ。換気の指標は空中の二酸化炭素(CO2)濃度だ。多数のCO2モニターが市販されており、5,000~1万円で購入できる。CO2モニターを用いて、職場や自宅のCO2濃度を測定すれば、その部屋の換気状況がわかる。ちなみに、空中のCO2濃度は約410ppmだ。厚労省は良好な換気基準として1,000ppm以下としている。
換気と感染については、結核対策を中心に、これまで多くの研究が報告されている。昨年8月27日に米『サイエンス』誌に掲載された総説論文では、室内のCO2濃度を700~800ppmに抑制すれば感染は拡大しないと書かれている。2020年に台湾の疾病管理センター(CDC)の研究チームが『室内空気』誌に発表した研究によれば、換気が不十分な大学の建物で27人の集団感染が生じたが、換気体制を強化し、CO2濃度を3204±50ppmから591~603ppmまで抑制したところ、感染は収束したという。
私も、医療ガバナンス研究所のCO2濃度を測定してみたところ486ppmだった。医療ガバナンス研究所の場合、来客などで在室人数が増えると、すぐにCO2濃度は上がる。講師を招き、8人ほどのメンバーと勉強会を行った際には、10分ほどでCO2濃度は1,200ppmとなった。私どもが有するCO2モニターは1,000ppmを超えるとアラームが鳴る。窓を全開にして換気すると、700台まで低下した。約2時間の講義中、CO2濃度をモニターしながら、窓の開閉を繰り返した。
夏場の換気対策、どうすればいい?
ただ、窓の開閉による換気には限界がある。これから日本は夏場を迎えるが、真夏の日本で換気を強化するのは難しい。外気と比べ、低温の空気が低層に貯留する夏場には、5分間、窓を全開にしても、入れ替わる空気は約3割に過ぎないからだ。サーキュレーターやレンジフードを稼働させてもせいぜい7割だ。感染対策にはこまめに換気するしかないが、どの程度の実効性かははっきりしない。
では、何が重要なのか。それは建物に備わった換気能力だ。職場であれ、高層住宅であれ、高層階は風が強く、窓を開けることができない。この点については、2003年、シックハウス対策目的に建築基準法が改正され、24時間の換気設備の設置が義務付けられた。
換気効率は建物毎に大きな差がある。筆者が、帝国ホテルの孔雀の間で講演をした際、インターン中の大学生が随行し、CO2濃度を測定したが、200人程度の聴衆が入った密室の広間のCO2濃度は436~499ppmの範囲に留まった。高度な換気システムを装備している証だ。こういうところでは、クラスターは生じにくい。
政府は、飲食店を一律に規制しているが、これは合理的ではない。建物の換気能力には大きな差があり、最近、建築された高層建築物は感染のリスクは極めて低いからだ。問題は、換気設備が装備されていない古いビルだ。では、換気設備が整っていない建築物はどうすればいいのか。これについても、研究が進んでいる。それはHEPAフィルターと紫外線の活用だ。
HEPAフィルターとは、空中の0.3µm以上の微細粒子を捕集できる装置だ。病院の骨髄移植病棟などで院内感染対策に用いられ、その有効性は多くの臨床試験で証明されている。最近は、市販されている空気清浄機に利用されている。
コロナに対する実証研究の結果も報告されている。昨年10月6日、英『ネイチャー』誌は、英ケンブリッジ大学の研究を紹介している。この研究では、コロナ病棟にHEPAフィルターを設置した前後で、空中のコロナ粒子の量を測定しているが、設置前は5日中4日で空中からコロナ粒子を検出できたが、HEPAフィルター稼働後に測定した5日間では一度もコロナは検出されなかった。HEPAフィルターの価格は数千円~数万円だ。『ネイチャー』の論文には、「安価なポータブルフィルターが、コロナやその他の病原菌を効率よくスクリーニングする」という表題がついている。
対策は、これだけではない。昨年6月、米疾病管理センター(CDC)は、換気手段が限られている施設では、紫外線を天井付近で水平照射し、浮遊するコロナ粒子を不活化することを推奨した。その根拠として、CDCが挙げた論文は、2020年6月にハーバード大学の研究チームが、『米医師会誌(JAMA)』に発表したもので、上層への紫外線照射は1時間に24回の換気に相当すると推定している。
実は、このような対策は、コロナに限ったものではない。コロナ流行後、多くの呼吸器ウイルスは空気感染によって伝播することが明らかとなった。昨年4月、英ブリストル大学の研究チームは、HEPAフィルターと紫外線照射を活用することで、コロナを含む呼吸器感染症の頻度を41%減少させたと米『プロス・ワン』誌に報告している。コロナ流行以降、インフルエンザをはじめ、多くの呼吸器ウイルスの流行が抑制されているのは、手洗いやうがいに加え、空気感染対策が世界各地で推し進められたためかもしれない。このように考えると、科学的な根拠に反し、空気感染の関与を否定し続けてきた厚労省、国立感染症研究所、周囲の専門家たちの責任は重い。日本のコロナ対策は、もっと科学的に合理的でなければならない。
上 昌広
内科医/医療ガバナンス研究所 理事長
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