遺言は本人死亡後に効力を機能し、生前対策はできず
あまりに当たり前な遺言のこの性質こそが「遺言の弱さだ」と著者は思います。生前対策の機能が遺言にはまったくないのですから。
60代、70代の遺言者が何よりしたいのが、「黒線より右(遺言者の死亡)のこと」なのでしょうか(特別な病気をもっていれば別ですが)。むしろ生きている今、一番大事なのは、これから死を迎えるまでの時期なのではないか、と思うんですよ。
著者の経験でいうと、60代の後半の今、自分の財産がいまだに確定していません。母はまだ生きていますし、子や孫に、生きているうちにしてあげたいことがいくつもあります。一方で、妻とふたりの今後のことを考えると『もっと倹約するべきだ』と思うし、元気な盛りの頃に建てた家は広すぎて、『移り替えもしたい』とも思うのです。
そんなこんなの事情で、遺言を書きたい、書いておくべきだ、ということがわかっていても書けないんです。
しかし人には「今すぐ書きなさい」とすすめているんですよね。矛盾です。ただ、人を急かす理由はもちろんあります。80代も後半になったら、自分が生きている保証はないし、認知症や脳梗塞に見舞われていないとも限らない。遅くなればなるほど“高齢リスク”が高くなることは避けられないことです。
一刻も早く、①これからのこと(生前)、そして②自分がいなくなってからの財産仕分けのこと(死亡後の財産承継)は考えておきたいと思っています。
「家族信託」なら遺言の脆弱性をカバーできる
そこで家族信託です。
遺言より、著者はだんぜん家族信託することをすすめます。なぜなら、①②の「書き換えリスク」も防げるし、③の「相続人の謀反」も封じられ、さらに④の成年後見人の“暴挙”とも無縁、さらに⑤「生前対策こそ重要」は家族信託の得意中の得意――だからです。
「家族信託契約を結んだ後に委託者が、遺言を書き換えてしまったら、おしまいじゃあないか」という声が出てきそうですね。大丈夫です。家族信託はどんなときでも遺言に優越します、から‼
後から遺言を書かれたらそれが最終的に優越する、と考えてしまうのは、民法的発想のクセが私たちから抜けないからです。
遺言で承継を左右できるのは、「信託財産になっていない財産」だけです。次のイラストで言えば家と土地、そして大金はすでに信託財産。100万円だけが信託財産にしないで遺言者(この人が委託者)が持っていたとすると、遺言に書いて有効に承継を指定できる財産は「100万円」だけ、ということになります。
他の大金と不動産は、元委託者のものですが今は受託者名義で管理していますから、「誰のものでもない財産」として、「民法上の財産」からは外れており、いかなる言葉を使ってもこれに遺言の効力を持たせることはできません。信託財産は、信託契約書の条項によってのみ、その帰属先を指定することができます。
〈信託契約が前、遺言が後〉
信託財産は“誰のものでもない財産”となり、もはや委託者のものではないから口出しできない。
〈遺言が前、信託契約が後〉
遺言者(委託者)が遺言で指定した財産を信託財産とすると、遺言の財産の指定を遺言者が取り消したとみなされるから、遺言は意味のない文書となる。
石川 秀樹
静岡県家族信託協会 行政書士
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