「成年後見人」は本人を代理して単独で財産管理を行う
成年後見は、「本人」(成年後見を受ける人)の事理弁識能力が著しく欠けるか、あるいはその能力をまったく喪失した状態からスタートします。ですから成年後見人は、本人の行動を当てにしません。すべて後見人が本人を代理して単独で行為します。
具体的に言えば、本人の財産の一切合切を持っていき、成年後見人は自分の手元でそれを管理します。
成年後見人には、1.財産管理と2.身上監護(入退院などの手続き)の任務がありますが、被後見人の状況は健常ではないと思っていますから、その協力を求めることはありません。
また、被後見人の家族は、本人の財産を守るという使命から見ると「本人の財産を使おうとしている者、あわよくば財産をほしいままにしかねない油断も隙もない者たち」に見えがちで、家族と相談しながら本人の意思を確認し尊重しよう、という姿勢にはなりにくいようです。
成年後見人は常に本人を「見守る」という一段上の立場にいて、はたから見ると“怖い存在”のようにも感じられます。
「家族信託」は本人と一緒に財産管理を行う
一方、家族信託は「本人」(委託者)の事理弁識能力がしっかりしているときに受託者になる人と契約することから始まります(あるいは委託者が遺言を書き受託者を指名する、という「遺言信託」という方法もあります)。上記の表のオレンジの線の左側、「健常」のときに契約するわけです。
本人は当然、信託スタート時点では意思・判断能力があり、自分で何でもすることができます。だからスタート時点の信託は、走り続けている本人に寄り添うように受託者が現れ、以後、伴走するイメージ(表の黄色の部分)。
契約した瞬間にバトンを受託者に渡して本人は走ること(財産管理)をやめるのではなく、黄色の区間は委託者もまた財産管理の当事者であり続けることができます。
例えば、信託が始まる前に信託財産となる現金を用意するのは、本人(委託者)の役目です。信託財産とする以前の財産(金融資産や不動産)は本人固有の財産ですから、この処分を行うのは本人でなければなりません。
契約書に「委託者は追加信託することができる」と書いてあれば、新たに金融資産等を信託財産に追加するのも委託者が行います(受託者が委託者の財産を委託者に代わって追加できるようにすると、委託者の認知症がひどくなり意思表示できない場合でも、勝手に財産を追加できることになり、「契約」の規律は失われてしまいます)。
2つの制度における「財産受け渡し」についてさらりと書いたのでいまひとつ実感がわかないかもしれませんが、成年後見と同様、家族信託の場合も「自分の財産の最も重要な部分を、人に渡す」、というところから始まります。
財産を手放すんです。たいへんなことでしょう⁉ 個人にとっては。人生最大の“事件”だと言ってもいいくらいです。
ただ、成年後見は全財産を他人に預けるのに対し、家族信託の場合は、財産の一部を自分で選択して家族に託す、という点で違いがあります。
家族信託で受託者の行動を監視するのは、実は受益者自身です。委託者は当初受益者でもありますから、黄色の部分が消える(事理弁識を完全喪失する)までは、委託者自身が、託した財産を受託者がどう管理するか見届けられますから、安心感があります。委託者と受託者は協働者のように、ある時期まで財産管理を行っていくわけです。
石川 秀樹
静岡県家族信託協会 行政書士
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