1877年(明治10年)に創業した「鍋清」。筆者はその5代目社長である。今や創業140年超の超長寿企業だが、戦争、バブル崩壊、震災といたあらゆる困難を経験してきた。時代を越えて生き残るためには、どうすればよいのか。ここでは第一・二次世界大戦期、鍋清が現在の主力事業「ベアリング」に参入したころのエピソードを紹介する。

建物も労働者も一瞬で…爆撃の標的となった工場

当時の様子については、父にも何度か話を聞いたことがある。

 

結核から回復した経験がある父にとっては、戦火を潜り抜けるのは二度目となる九死一生だったのかもしれない。戦後生まれの私には想像を膨らませることしかできないが、話を聞いて感じたのは、とてつもない恐怖と大きな尊敬だ。

 

恐怖は、戦争の恐怖である。空から爆弾が降ってくる。今までいた建物が一瞬で吹き飛び、無になる。そんな状況をよく耐えたと思う。命を守るという点はもちろん、精神的にもおかしくなりそうだ。

 

尊敬は、焼け野原となった状態から会社を作り直したことへの尊敬だ。築き上げてきたものを破壊されるだけでも精神的なショックは計り知れない。失ったものが大き過ぎて「一からやり直そう」などと考えるのは至難の業だ。

 

しかし、祖父、父、叔父たちは再出発した。日本全体が復興に向けて努力した。その気力と努力は驚異的だと思った。

 

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戦火が激しくなるなか、1945(昭和20)年の8月9日、父はベアリングの納品のため、当時の主要な取引先であった愛知時計電機の本社工場にいた。

 

「おはようございます」

「毎度ありがとうございます」

 

受付の人と挨拶を交わす。その日は朝から蒸し暑く、父は汗をぬぐいながらベアリングが入った箱を机に置いた。一息入れる間もなく、米軍機来襲の警戒警報が鳴り響く。続いて、空襲警報のサイレンがけたたましく鳴り、工場で働いている勤労学徒を含む約200人が指示どおり社外に退避した。

 

(工場から離れたほうがいい)

 

父はそう考えたという。工場は武器などを製造している可能性があるため、米軍の攻撃対象になるからだ。

 

すぐに工場を出て、近くに住む知人の家へ向かう。家に入り、知人と一緒にラジオを聞いた。米軍機がどこから来て、どの方向に向かって飛んでいるか把握するためだ。

 

「来襲機の第一、第二梯団は大阪方面へ進行中」

 

ラジオから情報が流れてくる。

 

(名古屋は通過するだけか)

 

そう思い、父と知人はほっと胸を撫で下ろした。しばらくすると空襲警報も解除された。

 

「第三梯団の所在、行方は確認中」

 

ラジオがそう報じるのを聞き、嫌な予感がした。窓から空を見上げるが、米軍機の姿はない。しばらく様子を見るしかない。セミの鳴き声を聞きながら、父は知人と雑談しながら気を紛らわせた。

 

「この間も琵琶湖のほうから名古屋を攻撃しに来た米軍機がいたな」

 

知人が言う。

 

「そうだな。こんなんじゃあ、おちおち商売もできん」

 

父はそう言って笑う。そのとき、再び空襲警報が鳴り響いた。

 

(今日も名古屋が標的か)

 

父がそう思ったのと同じくらいのタイミングで、耳をつんざく爆音が轟いた。思わず頭を抱えて、耳を塞ぐ。じっとしたまま警報が鳴り止むのを待った。

 

どれくらい待っただろうか。音が静まり、警報が止まった。セミの鳴き声も消えて、攻撃前よりも静かになった。父は静かに知人の家を出て、工場へ向かう。

 

(爆撃されたのは時計会社の工場だろう。このあたりにはほかに狙われる場所がない)

 

角を曲がると、工場から煙が出ているのが見えた。近くまで行くと、爆風で吹き飛ばされた工員たちの死体が目に入ってくる。かすかに動いている人はいたが、みんな血塗れだ。地獄絵図だった。地面のあちらこちらに血の池ができていた。

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次ページゼロから再出発した「覚悟と気概」が鍋清を繋いだ

本連載は加藤清春氏の著書『孤高の挑戦者たち』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

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