日本企業が生き抜いていくには、どんな経営戦略が必要なのか? 140年以上も続く超長寿企業・鍋清。その5代目経営者である筆者は、長寿企業になるための要素として「変化に敏感であること」を挙げ、そのためには、会社として変化するための取り組みを粘り強く続けることが大事であると語る。鍋清自身は、これまでどのような変化や取り組みを行ってきたのか。ここでは、かつて先代社長が「手を出すな」とまで言った製造業に参入したときのエピソードを振り返る。

先代社長がタブー視した「製造業への参入」だったが…

アッセンブリ事業はすぐに手応えがあった。「なんで今まで気づかなかったのか」と感じるくらい、小型ベアリングの顧客はどこもアッセンブリを欲していた。反応が良いと仕事のモチベーションも高まる。

 

営業担当者は顧客に喜んでもらえることを嬉しく感じ、積極的に新規の取引先を開拓した。新規開拓で頭を抱えていたのが嘘のように、引き合いは多く、販路が広がった。売上も事業立ち上げから順調に伸び続け、最初の数年間は前年度比で150%を超えて伸びた。

 

付き合いが長い顧客は鍋清がベアリング商社であるという認識をもっている。

 

そのため「誰が作るの?」「鍋清で作るの!?」と驚く人もいた。

 

「外注に出すんでしょう?」

 

顧客が聞く。

 

「いいえ、うちで作ります。そのための専任部署も組織しています」

「そうか。そこまで力を入れているなら、ちょっと頼んでみるか」

 

そんなやりとりを経て、お試し感覚で受注することも多かった。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

 

「商社がものづくりする」ことに不安をもつ人は多かった。

 

ただ、そのような不安は追い風になった。感動は期待と現実の差に比例して大きくなる。期待が低いほど商品の質が良いと感じたときの感動は大きくなる。

 

鍋清のアッセンブリはまさにこの状態だったと思う。「商社のものづくり」の期待値が低いため、実際に納品すると、その質の高さが際立った。

 

あらためて振り返ってみると、鍋清にはメーカーとしてのDNAが生き続けているように感じる。「これはいいね」「次も頼むよ」と評価され、受注量が増えていった。

高額だったが…若手社員からの「攻めた提案」を即決

「設計機能を高めましょう」

 

そう提案したのは、ある若手社員だった。アッセンブリの受注は増えていた。生産能力も高める必要があったが、より高度なニーズに応えるために、設計能力も高めなければならない。

 

当時の設計はドラフター(製図板)を使っていた。世の中でもそれが一般的な方法で、高度な設計を行うためにはCADが必要だ。ただ、CADは高い。ハード・ソフトも含めて300万円ほどするため、会社としては比較的大きい投資だった。そういう事情も分かったうえで、その若手社員(現・常務)はCADが必要だと提案していた。

 

これまでの経営改革を通じて社員は「全員経営」の意識をもっている。その社員の一人が経営マインドをもって「今が攻め時」と言うのだから、社長としてその提案を拒否する理由は何もない。

 

「樹脂や金属の加工はまだまだ伸びます。絶対にCADが必要になります」

 

提案した若手社員がそう言うのを聞き、私は「よし、買おう」とその場で即決した。すぐに出掛ける準備をして、専門店に買いに行った。さっそく納入されたCADは、その若手社員が年末年始の間に操作法をマスターした。導入効果は大きく、樹脂や金属の設計能力が大幅に向上したことはもちろんだが、これが次の事業展開の呼び水になった。

CAD導入がもたらした「アルミ製品の加工」という挑戦

CADの導入は1990(平成2)年の年末だった。これを機にアッセンブリ事業が伸びて収益が増えるとともに、1990年代の後半からはITバブルによって受注が増え、さらに業績が向上していった。ITバブルで急速に業績を伸ばしている会社からは、粗利率が高い仕事も多かった。そのような企業から注文を受けたい光清が、親会社である鍋清の利益をはるかに超える決算を出したこともあったほどだ。

 

しかし、バブルは所詮バブルである。「いつかは需要が落ちつくだろう」そんな冷静な目をもちつつ、次の事業を模索していた。そのような状況のときに、「鍋清はCADでアッセンブリを作っている」という評判が広まり、「アルミ製の部材を作れないだろうか」という相談が舞い込むことになったのだ。

 

「大手の電子機器メーカーから、工場のラインで使うアルミ製品を作れるかと声が掛かっています」

 

アルミ営業の担当者が言う。

 

アルミの加工はアッセンブリでかなりの経験がある。しかし、工場での使用に耐え得る製品を作るためには、例えば、強度確認のような新しい要素が必要になる。

 

「アッセンブリの技術は活かせるだろうか」

 

私は担当者や設計のメンバーたちに聞いて回った。

 

「アッセンブリとアルミ加工は、共通点は多いと思います。ただ、新たに学ばなければならないことも多いでしょうね」

 

現場の担当者から意見を聞く限り、できるという確証はなかった。しかし、相談ごとを受けたら応えるのが礼儀だ。

 

「我々に声が掛かったのは、我々ならできるだろうと評価してくれたからだ。だから相談してくれた。そこには応えなければならないよな」

 

私がそう言うと、担当者たちの心に火が点いたようだった。

 

「そうですね。やってやれないことはないでしょう」

「よし、取り掛かってくれ」

 

そう言うと、さっそく担当者は現場へ戻って行った。

 

こうして、まったくの畑違いではあったが、アルミ製品の加工に挑戦することになった。

 

担当者がCADで何度もシミュレーションしながら試行錯誤し、3ヵ月ほど掛けて製品を完成させた。顧客が喜んだのはいうまでもない。鍋清としてもこれは嬉しい成果だった。アルミ製品の加工という新たな事業のタネを見つけたからだ。

 

 

加藤 清春

鍋清株式会社 代表取締役社長

 

 

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本連載は加藤清春氏の著書『孤高の挑戦者たち』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

孤高の挑戦者たち 明治10年創業、ベアリング商社が大切にする経営の流儀

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加藤 清春

幻冬舎メディアコンサルティング

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