日本企業が生き抜いていくには、どんな経営戦略が必要なのか? 140年以上も続く超長寿企業・鍋清。その5代目経営者である筆者は、長寿企業になるための要素として「変化に敏感であること」を挙げ、そのためには、会社として変化するための取り組みを粘り強く続けることが大事であると語る。鍋清自身は、これまでどのような挑戦をしてきたのか。ここではバブル崩壊後、新ビジネスとして「アルミ製品の加工事業」に参入した当時のエピソードを振り返る。

「やらない理由」を探さない…成長できる企業の考え方

鍋清、子会社・光清の社員は、新しいことへの挑戦が好きだ。

 

社風として挑戦を推奨し、評価していることも影響しているとは思うが、社員一人ひとりの性格として、現状維持を嫌い、変化を追い求める気質があるのだと思う。

 

自分の記憶を振り返ってみても、社員が「やったことがないから…」といった理由でしり込みするところを見た記憶はない。

 

「やらない理由」は探さない。まずは「やる」と決めてから、どうやってやるか考える。中小企業は、このようなタイプの社員がどれだけ多くいるかによって成長度合いが変わると思う。

 

アルミ製品の加工事業も、このときはまだ芽が出るかどうかも分からないタネだったが、彼らの熱心な取り組みによって大きな花を咲かせることになるのだ。

各企業へのリサーチで「新規事業の足掛かり」を発見

営業部門の社員たちはさまざまな企業を訪ねて、アルミ製品のニーズを探った。

 

既存の顧客だけでなく、まったく取引のなかった企業も訪問した。そのなかで見えてきたのが、工場で使う安全柵などの需要だ。

 

「製造業の現場では安全対策の強化に取り組んでいる」

「安全設備の材料が鉄からアルミに切り替わりつつある」

 

そんな情報を聞きつけて、もしかしたら参入できるのではないかと考えた。「現場の安全対策」は、要するにISOの取得である。

 

日本では従来、現場の技能者や管理監督者が中心となり、管理的に労働災害の防止に努めてきた。

 

これに対して欧州では、設計や製造段階での設備的な対策を重視しながらリスクを減らすアプローチを採っている。ISOは欧州型のアプローチから生まれた規格で、製造業関連では、機械類の安全性を確保するISO14121(機械類の安全性―リスクアセスメント)とISO12100(機械類の安全性―設計のための基本概念と一般原則)という2つが国際標準規格となった。

 

ISO14121は、機械類の安全性確保の前提となるリスク評価の条件を整理したものだ。1999年に発効し、2000年には日本の標準規格であるJIS規格においてもそのまま導入されている。

 

ISO12100はより具体的な内容で、機械を設計するうえで考慮するリスク低減の戦略と手法を明示したものだ。これは、アルミ加工の事業を模索しているときは発効前だったが、2003年にISO規格として正式に発効し、以来、ロボット機械や装置類にはこの規格に沿った安全柵や安全カバーによる安全対策が必須になった。このような規格を踏まえた対策として、工場では安全柵や設備につけるカバーなどの設置が進んでいた。

 

ただ、それらはだいたい鉄製だった。鉄柵などは低コストで対策になるのが良い点だ。しかし、重い。

 

移動や持ち運びが難しいため設置場所が限定されやすく、柵と柵を連結する際には溶接が必要になるなど、使い勝手もいまいちだ。そのような点を改善するためにアルミ製の柵などが使われるようになっていた。

 

アルミの重量は鉄の3分の1ほどだ。成形も簡単なため、組み立て式、はめこみ式の柵などが作れるし、設置時間も鉄製に比べて半分で済む。鉄と比べてアルミはリサイクル性にも優れている。

 

「新規事業の足掛かりになるかもしれない」

 

そう考え、光清にアルミ製品の設計と製作を行う専門チームをつくることにした。とはいっても、人員は限られている。最初は光清の社員数人でのスタートだった。加工作業などを行う工場もなかったため、まずは貸し倉庫を借りて、そこを作業場にすることとした。

「スピード重視のオーダーメイド加工」で差別化に成功

事業化に向けて考えなければならなかったのは、すでに市場にいる同業他社との差別化だ。アルミを加工して販売する二次加工メーカーは世の中にたくさんある。すでに市場にいるメーカーは先行者利益があるため、彼らと同じことをしても光清に勝ち目はないだろう。新規参入であるからカタログを作るほどの製品のバリエーションもない。

 

価格勝負で市場に参入する方法はあるが、値段を下げれば将来的に自分で自分の首を締めることになる。しかも我々は中小企業だ。アルミ製品を大量にさばくほど生産力も販売力もないため、価格競争を仕掛けたとしても大手に簡単に飲み込まれてしまうだろう。

 

そこで目を付けたのが、スピード重視のオーダーメイド加工だ。

 

ここでもCADが活躍する。当時の安全設備の製造は、営業担当者が案件を社内に持ち帰り、内容を検討し、現場で採寸などを行い、設計は外部に出し、設計図を顧客に提案し、修正があれば再び外部に出し、了承を得た図面を見て自社で作るという流れになっていることが多く、つまり時間が掛かっていた。安全設備を手掛ける二次加工メーカーは、ほとんどのこのやり方だった。そこで我々は「それなら、CADで作ってしまおう」と考えた。

 

まず工場のレイアウトと、安全柵や安全カバーを付ける設備の図面をもらう。図面をもとにCADで設計すれば、翌日には顧客に提案できる。この方法なら作業が単純化でき、提案や納品に掛かる時間を大幅に短縮できる。

 

顧客はスピーディな対応を喜んでくれた。設備の設置後に顧客に無料で提供する柵などのデータも喜んでくれた。

既存メーカーと一線を画す「マーケットイン」の発想

業界環境としては、予想どおりITバブルが終わった。

 

需要も落ちつき、特需が消えた。しかし、そのときすでに光清はアルミ製品の加工事業に乗りだしていた。変化を察知し、半歩先を行こうとする姿勢によって、ITバブル崩壊後の業績悪化を抑えることができたのだ。

 

不安がなかったわけではない。後発の市場参入は不利な点が多い。CADによる高度な設計能力とスピード納品を武器にして隙間を縫うようにして参入していったが、どこまで通用するかは分からなかった。

 

うまくいった理由は、納品までの時間を短縮した点が評価されたこともさることながら、顧客の細かな悩みやニーズにとことん寄り添う姿勢を徹底したからだと思う。既存のメーカーは製品ラインナップをもっている。それは強みではあるが、そのせいで「モノ売り」の意識が強くなる。

 

一方、鍋清は自社技術がなく豊富な製品ラインナップももたない新参者だったため、「モノ売り」したくても売るモノがない。そのため、顧客のニーズを聞き、個別に満足できるオーダーメイド商品を作っていった。

 

我々は安全設備という「モノ」を売っていたが、その実態は、安全設備で顧客の課題を解決するという「ソリューション」を売っていたのだ。

 

この違いは「プロダクトアウト」と「マーケットイン」の違いといってもよいかもしれない。

 

既存メーカーはモノがそろっているため、それらを「どう販売するか」を考える。これがプロダクトアウト型だ。我々はモノがないため、顧客が何を求めているか明らかにし、作る。これは「マーケットイン」の発想で、オーダーメイドという事業形態とうまく噛み合った。

 

長年にわたってベアリング商社業を行ってきた鍋清は、マーケットとの向き合い方が分かっていた。

 

「光が入らないようにしたい」「音が漏れないようにしたい」などさまざまなニーズを聞き出すスキルがあり、そうした声に対応する設計部門の力もあった。アッセンブリ事業に着手したとき、鍋清は製造業に足を踏み入れた。

 

しかし、それは旧来の作って売るタイプの製造業とは一線を画していた。常に顧客の声とニーズを拾い上げ、全力で対応するというマーケット志向の製造業だった。

 

 

加藤 清春

鍋清株式会社 代表取締役社長

 

 

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本連載は加藤清春氏の著書『孤高の挑戦者たち』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

孤高の挑戦者たち 明治10年創業、ベアリング商社が大切にする経営の流儀

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加藤 清春

幻冬舎メディアコンサルティング

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