「日常生活に支障のない色覚異常」でも要注意なワケ
たとえば赤という色には、彩度や明度が異なった多くの種類があります。また、それを見る時の照明の具合など周囲の条件や、本人の心理などさまざまなものの複雑な影響により、色覚というのは変化します。また、人の目は色だけを捉えているわけではなく、もののかたちや明暗、質感など他の性質を使って識別しています。
たとえば外国に行った時、言葉は通じなくとも、ジェスチャーやしぐさ、相手の表情などから、相手がいいたいことが理解できることがあります。
色覚異常の人もそれと同じように、色だけではなく色以外の情報で総合的に判断するため、色が正確にわからなくても正しくものを認識することができます。では、生活に何の問題もないのかといえば、そうではありません。色でしか判別する手段がない場合、周囲が暗かったり、対象物が小さかったり、短時間しか見ることができなかったりすると、途端に間違うことが増えてきます。
「小学校の時の検査で色覚異常といわれたけれど、シャツやネクタイの色、ノートや伝票の色も、間違えたことはない。だから自分の色覚は正常であって、検査の方が間違っていたのだろう」と考える人がいます。もちろん検査が正しく行われたことが前提となりますが、このような軽度といえる色覚異常の人であっても、やはり条件によっては色を間違えることがあるので注意が必要です。
学術的な実験で判明した「誤認しやすい色」と「条件」
学術的な実験により判明している、先天色覚異常の人がよく間違える色と、その条件の一例をここで挙げておきます。
●灰色は、白い背景の上では橙、ピンクと間違えられ、背景を黒にすると緑と間違える。
●茶色は、背景にかかわらず赤、緑、橙と間違えることが多い。
●紫色はよく青と間違え、時には赤や緑と間違えることもある。
●橙はよく赤と間違え、時には緑や黄色と間違えることもある。
●緑は赤、橙、黄色と間違えやすく、特に白い背景の時には橙に見える。
●赤が見えづらい人は、白い背景の時に赤をしばしば黒や灰色と間違える。
これはあくまで傾向であって、いつも同じように間違えるということではありません。
このような色覚異常の人の見え方を理解することで、日常生活において「間違えそうな場面」がある程度わかるようになります。たとえば、ネクタイや服の色に関して家を出る前に家族に確かめる、伝票の色が見えにくい場合、見分けられるように自分なりの印をつける、といったような対策をとることができれば、日常のトラブルはぐっと減るでしょう。
たとえ軽度の人でも、色覚異常の程度判定に使われる「ランタン・テスト」【図表】では98%の人は必ずひとつは間違えるといわれています。つまり、どのような状況でも間違えないわけではないということですから、特に信号には注意する必要があるのです。
色覚異常があっても、不自由なく安全に暮らせる工夫
先天色覚異常は、残念ながら治すことはできません。しかしきちんと対策をすれば、不自由なく安全に生活を送ることが可能です。
色に付属して判断の手掛かりがあるような場合、色だけではなく、その他の情報によって確かめるようにします。
また、仕事においては色で物事を示す時には、文字や形など、色の見分けを助ける別の手掛かりをつけてもらうように職場に働きかけるのも大切です。
特定の色だけを見分けるのには、補助手段を使います。たとえば赤と緑の区別がつきにくかったら、赤いガラスやプラスチックで透かして見て、明るく見えたら赤、暗く見えたら、緑です。こうした原理を使い、色覚補助用のサングラスなども登場しています。
また、スマートフォンやタブレット、パソコンなどのディスプレーの色を、色覚異常の人にとってより見やすくするツールも開発されていますから、日常に不自由を感じるなら利用を考えてもいいかもしれません。
神奈川県が発行する「色覚異常の人に対する色使いのチェックポイント」の一部を紹介しておきます。以下のチェックポイントは、自らの家族にも参考になりますので、活用してみてください。
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色覚異常の人に対する色使いのチェックポイント
【色の選び方】
□赤は濃い赤を使わず、朱色やオレンジを使う
□黄色と黄緑は赤緑色覚障害の人にとっては同じ色なので、なるべく黄色を使い、黄緑は使わない
□暗い緑は赤や茶色と間違えるので、青みの強い緑を使う
□青に近い紫は青と区別できないので、赤紫を使う
□細い線や小さい字には、黄色や水色を使わない
□明るい黄色は白内障では白と混同するので使わない
□白黒でコピーしても内容を識別できるか確認する
【色の組み合わせ方】
□暖色系と寒色系、明るい色と暗い色、を対比させる
□パステル調の色どうしを組み合わせない。はっきりした色どうしか、はっきりした色とパステル調を対比させる
【文字に色をつけるとき】
□背景と文字の間にはっきりした明度差をつける(色相の差ではダメ)
□線の細い明朝体でなく、線の太いゴシック体を使う
□色だけでなく、書体(フォント)、太字、イタリック、傍点、下線、囲み枠など、形の変化を併用
【グラフや概念図】
□区別が必要な情報を、色だけで識別させない
□明度や形状の違いや文字・記号を併用して冗長性を与え、色に頼らなくても情報が得られるように工夫する
□白黒でも意味が通じるように図をデザインし、色はその後で「装飾」としてつける
□シンボルは同じ形で色だけ変えるのでなく、形を変えて色は少なく
□線は実線どうしで色だけを変えるのでなく、実線、点線、波線など様々な線種と色とを組み合わせる
□色情報を載せる線は太く、シンボルは大きく
□塗り分けには、色だけでなくハッチング等を併用する
□色相の差でなく明度の差を利用して塗り分ける
□輪郭線や境界線で、塗り分けの境を強調する
□図の脇に凡例をつけず、図中に直接書き込む
【図の解説の仕方】
□色名だけで対象物を指し示さない。位置や形態を描写したり、ポインターで直接指し示す
□凡例にはなるべく色名を記入
□赤いレーザーポインターは見づらい。緑のレーザーポインターの使用を
【黒板】
□赤いチョークはほとんど見えない人がいるので、なるべく白と黄色を使う
□色分けには文字や記号、ハッチング、縁取りを併用
【ホワイトボード】
□緑、赤のマーカーは見分けが困難。青を優先して使う
【色の名前】
□色覚障害の人は、色は見分けられても色の名前が分からないことがある
□色を使う際は生徒に色名を告げる
□生徒に色名を答えさせる質問をしない
□作業などを指示する際に対象物を色名だけでは示さない。場所や形も指定する
【美術】
□絵の評価を色の違いで行わない
□どんな色で塗ってあっても、それがその生徒の目で「見たままに描いたもの」である
(出典:「カラーバリアフリー 色使いのガイドライン」)
※ウェブサイト(http://www.nig.ac.jp/color/guideline_kanagawa.pdf)からは全文が無償でダウンロードできます。
市川 一夫
日本眼科学会認定専門医・認定指導医、医学博士