実は「日本人男性の約3%」が軽い色覚異常
先天色覚異常の程度というのは、細かく見ればいくつもの段階があるため判断するのが難しいのですが、医学的には、軽度、中等度、強度と大きく3つに分けて考えられています。
色覚異常の人のうち、半数よりも少し多いくらいが、中等度よりも軽い程度であり、日常生活や仕事においてもほとんど不便を感じません。日本の男性のうち約3%は、こうした軽い色覚異常の持ち主であると考えられます。
症状が軽いといっても、錐体色素のひとつの機能が通常とは異なる状態なので、色覚が正常な人とまったく同じように色が判断できるわけではないため、軽度や中等度であっても、両者の違いがあらわれてしまうような刺激を与えると、正常な場合とは異なる反応を示します。検査では、色覚検査表などを用いてその違いを確認し、診断を下すことになります。
「白いシャツを着たつもりが…」日常生活で困る場面
では、強度の人というのはどうかといえば、確率的にいうと日本男性のうち約2%だと考えられます。特に幼児期に、リンゴや赤いチューリップを緑に塗るような経験をし、それを指摘されることで違和感を持つケースが多いようです。
ただし、強度の色覚異常であっても、過去の経験や明るさの違いなどから色を判断することで、色に関する間違いをできるだけ減らして生活している人は多くいます。中等度や軽度の色覚異常の人は、自覚さえあればその症状を踏まえて生活できますから、必要以上に恐れることはありません。
しかし、強度の色覚異常だと日常生活のどのような場面で戸惑うのでしょうか。その参考として、鹿児島大学の大庭紀雄教授が、東京大学に在職中に調査した資料の報告書から引用します。
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(以下引用)
昭和51年の東京大学入学者中131名の先天色覚異常の人があった。そのうち59.4%が日常生活で得意な色の認知や探索の障害を経験したことがあると答えている。色の探索の障害(たとえば、交通信号)よりも色の認知障害の方が多い。学習に不自由なこと、困ったことがあったと答えたものは9.4%で、異常程度の強いものであった。
日常生活での具体的事例として
●新緑の山に登った時、赤い屋根の山小屋の存在を友人はすぐ見つけたが、自分は見つけるのがひどく困難であった。
●ピンクのワイシャツを白色と思って着て、恥をかいたことがある。
●青い星があるといわれるが、そのようなものは見えなく、どれも白っぽい色である。
●薄暗いところで食事をすると、朱色とされる箸が黒に見える。
●水色の布団だと思って使ったところ、実は赤色で、友人に笑われたことがある。
●赤ら顔といわれる人の顔色は、青っぽく見える。
●麻雀で「緑一色」といわれる手の中は少し赤色も混じっているが、自分には文字通り一色に見えてかえって困ったことがある。また、「中」という牌は黒色だと思っていたが、解説書を読んで実は赤色だということがわかった。
●交通信号の赤と黄色が、特に遠方からわかりにくいことがある。
●赤と黒のボールペンの区別がつかないことがある。
(引用終わり)
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その他の色覚異常の人による体験談も記しておきますので、このような見え方をする可能性があることを知っておくといいでしょう。
●緑と赤がよく似ているように見え、紅葉しはじめの頃は、山を見ても緑にしか見えない。
●夜遅くになって赤か黄色に点滅する信号灯が、赤なのか黄色なのか区別がつきかねる時がある。
●赤色は、明るいところでは赤く見えるが暗いところでは緑に見えることがある。
●暗いところで赤と茶色の鉛筆を間違えたことがある。
●薄いピンクと空色を間違えることがある。
●絵を描く時、明るい日と暗い日とで使う色が違う。
●緑色のインクがあることを知らず、教えられて初めて赤インクと違うことに気づいた。
●鼻血が緑に見えたことがある。灰色が時に緑に見えた。赤と茶色を間違えたことがある。
●白い布の上の薄いピンクと薄い緑、薄い灰色が区別できない。
●薄い茶色の殻を持つ卵を見て、「緑色の卵がある」といって母を驚かせた。
以上のようなことは、特に強度の色覚異常の人であれば経験しているかもしれません。
「色覚異常があるように見えない」のは自助努力の賜物
ただし、こうした見え方をしていたとしても、職場で気づかれないまま働くなど、不自由なく生活を送ることもできます。
なぜこのようなことが可能かといえば、いくつか理由があります。
信号灯の色は、強度の色覚異常であれば特に判断しにくいものです。しかし、色の並び順が国際的に決まっていますから、信号の色の並び順をよく覚えていれば、色がわからずとも位置での判断が可能になります。こうした知識の記憶が、色覚異常を補ってくれます。
多くの物事は、練習することにより上達します。また、人は一度失敗すると、次は同じミスをしないように意識しますし、他人の行動を自らに重ねあわせ、真似をしたり、反対に実行するのを取りやめたりもします。これは経験から学ぶ力、すなわち学習能力があるからです。強度の色覚異常であっても、過去の体験や失敗の経験から学ぶことで、同じミスを予防することができます。
以前、就職の際に色覚検査が行われていた時には、石原Ⓡ色覚検査表(図表)をすべて覚えてしまうという荒業で試験をパスしている人もいましたが、それは学習能力のたまものです。
実際に、色覚異常の人に「困っていることはありますか?」と質問すると、「ありません」と答えます。しかし、質問を変え「信号を見間違えたことはありますか?」ときくと、「ある」と答えられたことがあります。つまり、彼らは自分の見え方が「当たり前」なのであって、努力によってカバーしているに過ぎないのです。
肉体的・精神的な負担大…「自力でカバー」の限界
その他に、生物が備えている予備機能も色覚異常をカバーします。
生物は通常、持っている能力のすべては使わずに生活しています。
人の体でいえば、ふたつ存在する腎臓は、正常ならひとつの50%の機能で日常生活を支えるのに十分な能力があるため、仮にひとつを失ってもまだ能力に余裕があります。色覚異常も同じであり、軽度や中等度の人でもその能力を全部出して作業を行えば、正常な人と同じように仕事をこなせることがあるのです。
ただし、予備機能をフルに活用して仕事をこなせている色覚異常の人は、その分正常な人よりも疲れたり、精神的・肉体的に負荷が増えています。そのため、悪条件になったり、病気をしたりすると、色の誤認を起こしがちになってしまうかもしれません。そのためそれが思わぬ事故につながる可能性もあります。
そういった誤認を予防するためには、色覚異常の人やその家族が、症状を正しく理解しておく必要があります。
どういう場合に誤りを起こしやすく、どんな色を取り違えやすいのか、仕事上の問題はどこにあり、それに対してはどういった予防策をとればいいかなどを、あらかじめ想定しておくといいでしょう。
そのためには、「今は仕事ができているし、生活も普通に送れているから大丈夫」とは考えず、きちんと精密検査を受け自分の状態を把握することが大切です。
市川 一夫
日本眼科学会認定専門医・認定指導医、医学博士