灘高→東大理Ⅲ→東大医学部卒。それは、日本の偏差値トップの子どもだけが許された、誰もがうらやむ超・エリートコースである。しかし、東大医学部卒の医師が、名医や素晴らしい研究者となり、成功した人生を歩むとは限らないのも事実。自らが灘高、東大医学部卒業した精神科医の和田秀樹氏と、医療問題を抉り続ける気鋭の医療ジャーナリストの鳥集徹氏が「東大医学部」について語る。本連載は和田秀樹・鳥集徹著『東大医学部』(ブックマン社)から一部を抜粋し、再編集したものです。

アメリカの医学部見たら東大医学部に疑問を持つ

鳥集 謙虚な方だったそうですね。冲中氏には有名なエピソードがあります。1963年の東京大学での最終講義で、臨床診断と病理解剖の結果を比較しながら、「私の東大医学部教授在任中の誤診率は14.2%でした」とわざわざ発表したのです。

 

和田 幕内氏とか冲中氏のような人は、学生の頃から輝き方が違っていたと思うんですよ。さすがにこれを教授選で落としたらマズイだろうと、教授もビビるくらいの神々しさがあったのではないでしょうか。まあ、そういう逸材は、東大医学部といえども、10年に1人でしょうけれど。

 

鳥集 今度、政府の新型コロナウイルス有識者会議のメンバーに選ばれた黒川清氏も、その10年に1人の逸材だったのでしょうか?

 

和田 そうかもしれません。彼は第一内科で傍流の腎臓が専門だったし、医局にはあまりいないで、ずっとUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の教授をされていました。だから、政治的なふるまいは一切していなかったはずです。もし黒川氏を教授選で落としたら、よその大学教授になって東大批判をするだろうという予感もあったのではないでしょうか。とてもアグレッシブな方でしたから。

 

やはりね、アメリカの医学部を見てきた人なら、誰でも東大医学部のやり方に疑問を持つはずです。かく言う私も、多少なりともアメリカの医療機関で学んだ経験があるから、東大医学部の異様さに気づいたわけですよ。

 

鳥集 でも、先の天野事件により、東大医学部のなかにも、学閥や医局による政治力だけでなくて、本当に腕のいい外科医を育てないとまずいぞ、という危機感が生まれたのではないですか?

 

和田 あのタイミングで東大医学部は、自分たちの臨床の実力を客観的に考えなければ後がないですよね。メンツ丸潰れだったわけですから。2019年の上皇后美智子さまの乳がん手術*は東大病院でしたね。近藤誠氏ではないですが、80歳を過ぎて、初期の乳がんの手術をやる意味は本当にあったのだろうかと疑問に思います。心臓も心不全の兆候があるような状態なのに、手術をすることで必要以上に体力を落としてしまう可能性が高いです。もし金澤氏が生きていたら、どんな判断をしたのかなと考えてしまいますね。

 

◆上皇后美智子さまの乳がん手術
2019年9月に美智子さまの乳がんの手術が東京大学医学部附属病院で行われた。ステージ1で、転移もなかったとされる。手術は東大病院の医師と、健康診断を10年以上担当してきた静岡県立静岡がんセンター乳腺外科の医師が協力して執刀した。

 

鳥集 美智子さまの報道によって、「高齢でも乳がん検診を受けたほうがいいのではないか」と思う人がいたかもしれませんが、国は現在、75歳以上の乳がん検診は推奨していません。ましてや、84歳で外科手術というのは、異例中の異例です。幸いにも、無事成功され、それほど体力も落ちていないことは何よりでしたが、放射線治療だけにするとか、しばらく経過観察するという選択肢はなかったのでしょうか?

 

美智子さまは乳腺エコー検査で左胸に腫瘤が見つかり、針生検による組織検査で乳がんと診断されました。ただし今回も、東大病院は上皇のときと同様に、静岡県立がんセンターの乳腺センター長・高橋かおる*氏を中心とした4つの病院が協力する体制を作っていました。執刀は東大病院の医師と高橋氏の両氏で行われたといいます。しかも、手術前の検査はがん研有明病院でも行っています。美智子さまはもう10年以上、定期的に乳腺検診を受けてきたと伝えられていますが、主治医はこの高橋かおる氏だったようです。今回も、東大病院の存在感があまり表には出ていませんね。

 

◆高橋かおる
たかはしかおる。1986年浜松医科大学卒。同年、東京大学第二外科入局。東京船員保険病院外科、東京都立墨東病院外科を経て、2006年より静岡県立静岡がんセンター乳腺外科部長。

 

和田 治療方針は、教授会の教授選考を通じて決まっていくようなところがあります。放射線治療の人間は、先の近藤誠氏の一件でもわかるように、いわば、外科系の教授にとっては商売敵のようなところがあるんです。だから放射線科の教授は、通常、外科医にとって便利な放射線診断の人間が選ばれる。そのせいで、日本は放射線治療が死ぬほど遅れている。外科手術と放射線治療の比率*を欧米各国と比べると、日本は圧倒的に放射線治療が少ないことがわかります。

 

アメリカでは、がん治療は外科治療と放射線治療が半々くらいの割合になっています。しかし日本には外科医が2万人以上いるのに対して、がんの放射線治療医は500人強しかいなくて、相変わらず外科的に切除するのが主流です。圧倒的に外科の力が強いのも、日本のがん手術数が減らない理由です。

 

◆放射線治療の比率
日本における放射線治療の実施数は、欧米が60%前後なのに対して、日本は25%程度、実施件数の高い東京でも30%前後。

 

鳥集 昔東大では、幕内雅敏教授が率いる肝胆膵外科と小俣政男教授(千葉大卒)が率いる消化器内科の争いもありました。早期の肝がんに対して肝切除術を行うべきか、それともエタノール注入療法やラジオ波焼灼術のような内科的治療で行うべきか、論争があったのです。たまたま外科に来た患者は手術され、たまたま内科に来た患者はラジオ波で焼かれる。チーム医療が重視される現在ではおよそ考えられないような「診療科間の壁」もありました。

 

ところで幕内氏は、「今の時点で一番臨床能力がある人を教授に選ぶべきだ」と言い続けた方でしたが、多くの反対勢力もあったと聞きます。―─不思議なのは、教授のほとんどは、同じ理Ⅲを出ているわけじゃないですか。教授会でいがみ合ったとしても、元はといえば、皆、同じキャンパスで学んだ人同士ですよね。それゆえの仲間意識というのはないものでしょうか?

 

和田 仲間意識というのは、野望と利権が絡むと忘れてしまうものなのでしょう。また、東大医学部の教授になるということは、実力だけではなく、運の善し悪しも大きく関係します。たとえば、41歳で教授になった人がいます。するとその科では、その人よりも年上の医師は、どんなに優秀であってもほぼ東大教授になれないことが確定されます。そういうシステム自体がおかしいと思いませんか。だから彼らは他の大学に、自分の居場所を求めて出ていくわけです。
 

 

和田秀樹
和田秀樹こころと体のクリニック院長 精神科医

 

鳥集徹著
ジャーナリスト

 

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東大医学部

東大医学部

和田 秀樹 鳥集 徹

ブックマン社

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