年々人気が高まる「医学部」。志願者の増加に伴い、受験戦争は熾烈を極めている。しかし「最近の医学生は出来が悪い」と低評価を下す教授らが増えており、アンケートでも圧倒的多数が「学力が低下した」と回答。医学部は最難関ではなかったのか? 医大生の能力の変化をデータで比較・検証し、その実態に迫る。※本連載は、上昌広氏の著書『ヤバい医学部』(日本評論社)より一部を抜粋・再編集したものです。

「定員増加が学力低下をもたらした」は的外れ

では、全国医学部長病院長会議の幹部が主張するように、医学部の定員を増やしたために、入学者の学力が低下している可能性はあるのでしょうか。図表4は2011年と2016年の国公立大医学部の偏差値の変化を示しています。

 

[図表4]2011年と2016年の国立大学医学部、および東大理科一類の偏差値の変化

 

もし、医学部の定員増により、入学者の質が低下しているなら、偏差値は下がっているはずです。ところが、低下しているのは九州大学と金沢大学だけで、2.5下がっています。ちなみに、東京大学理科一類も2.5低下しています。

 

ただ、偏差値が下がっているのはごく一部です。53の国公立大学医学部のうち、32は偏差値の変化がありませんし、旭川医科大学や弘前大学など11大学は2.5上昇しています。医学部の定員を増やしたせいで、入学者の学力が低下しているとはいえません。

「優秀な学生」に合わない指導を行う、大学側の怠慢

では、全国医学部長病院長会議の幹部が言うように、医学生の学力が低下しているとしたら、何が問題なのでしょうか。少なくとも、入学者の質が低下しているわけではありません。

 

そうなると、教育システムに問題があるか、そもそも「医学生の学力低下」という前提が間違っているかのどちらかでしょう。私は両方の側面があると思います。

 

現在の医学部教育はいびつな状況です。東京大学理科一類に合格する学力をもつ学生が、地方の国公立の医学部に入学しているからです。教授たちが学生だったときとは、まったく状況が違っています。果たして、教育体制は学生に合わせて変わったのでしょうか。私は、そこに問題があると考えています。

実力派医師どころか「まともな大人」を輩出できない

優秀な学生を指導する際には、自分で考えさせることが重要です。教員の仕事は、知的で魅力的な環境を提供すること。そして、締めるところと、自由にさせるところのバランスをとらねばなりません。

 

特に後者は重要です。米国の大学は、授業は厳しいのですが、夏休みなど休暇は長くとります。その間にボランティアなど自由に活動します。

 

多数のノーベル賞学者を輩出した京都大学の学風は自由です。開成高校や灘高校などの有名進学校も自由です。詰め込み教育はしません。

 

ところが、昨今の医学部教育は正反対です。講義と実習を詰め込み、夏休みや冬休みは短期間です。多くの大学が授業の出席をとり、小テストを繰り返します。酷いところになると、医師国家試験対策用の授業や試験を行います。医師国家試験用の予備校に通う学生までいます。

 

これでは、教養は身につかず、自分で考えられません。医師国家試験には合格するかもしれませんが、まともな大人に育たないでしょう。「最近の医学生は学力が低い」と感じる教授もでてくるはずです。

 

ただ、その責任は大学生にはありません。むしろ彼らは被害者です。折角、優秀な頭脳をもって医学部に入ってきているのに、その才能を伸ばしてもらっていないのです。

 

いま、考えるべきは、医学部教育の中味です。詰め込み一辺倒ではダメです。座学をやめて、実習で締め上げるのも同様です。しっかりした思考力、教養をもち、自分で考えることができる人材を育成しなければなりません。

 

そのためには、学生自身の試行錯誤が必要です。そして、彼らを指導する教員のレベルをあげなければなりません。医学部に必要なのは入試の改革ではありません。教育的提供体制の改革です。

 

ただ、それは一朝一夕にはできないでしょう。医学進学を希望する若者は、教授の言うことを鵜呑みにせず、自分の頭で考えねばなりません。

 

 

上 昌広

内科医/医療ガバナンス研究所理事長

 

 

 

 

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上 昌広

日本評論社

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