「医者になるなら、地方を目指せ」と言う理由
医師になるなら、どのような大学を目指すべきでしょうか。私どもの研究所には、全国から高校生や教員の方々がやってこられます。東日本大震災以降、活動を続けている福島県では、地元の教員の方々と密に交流をしています。
彼らには「医者になるなら、地方を目指せ」とお勧めしています。具体的には、地元の大学だけでなく、山陰、四国、九州、さらに北陸の医学部を念頭に置くということです。
このような地域の特徴は人口あたりの国公立大学の医学部の数が多いことです。たとえば、四国は人口385万人に4つの国立大の医学部があります。
一方、人口4,300万人の関東に存在する国公立の医学部は6つだけです。近畿は人口2,073万に8つしかありません。人口当たりの医学部の数がこれだけ違うのですから、地方の医学部の偏差値が低くなり、入学が比較的容易になるのも当然です。
医師は国家資格です。出身大学は問題になりませんし、西日本には伝統ある名門の医学部が多数あります。九州大学・熊本大学・長崎大学、あるいは広島大学・山口大学・岡山大学など近隣大学と熾烈な競争を繰り返し、そのレベルは日本最高レベルです。
私が地方を勧める理由は、これだけではありません。生まれ故郷を離れ、異郷で生活することで、若者は成長するからです。人はあらゆる意味で環境の影響を受けます。そして、そのことを自らは認識していません。だからこそ、若者には「旅」が必要です。このことは古今東西変わりません。
これは私の経験にも合致します。私は関西生まれの関西育ちです。両親も祖父母も関西で、関ヶ原を越えたのは一族で私が最初です。
都会育ちでも陥る「井の中の蛙大海を知らず」
私は学生時代、医学部の講義にはほとんど出ない劣等生でした。多くの時間を運動会(体育会のこと)剣道部の活動に費やしました。東京大学剣道部に入部して驚いたのは、関東出身者が、やたら官僚になりたがることでした。千葉、浦和、湘南高校卒の先輩のほとんどが官僚になっていました。
これは、関西出身者はもちろん、麻布、開成、武蔵高校などの東京の私立高校卒の人とは違っていました。関東のエリート県立高校では、官僚が成功のモデルなのでしょう。先輩の成功モデルを、後輩が真似るのです。この傾向は江戸時代以来変わっていないと思います。
私が非常勤医師として勤務する埼玉県行田市は、かつて忍(おし)藩10万石が治める土地で、数多くの老中を輩出してきました。老中となって幕府(国)を動かしたいというのは、官僚を目指す現在の若者たちと酷似しています。
幕末、独自に近代化した西国雄藩に対し、忍藩をはじめとした関東の譜代・親藩大名は無抵抗で降伏しました。最後まで抵抗した会津、鶴岡、越後長岡藩とは対照的でした。忍藩は、自らの藩の力をつけるより、幕府での出世を重視したように見えます。
私は、西国雄藩と関東の譜代・親藩大名のいずれがいいとは言いません。時代や周辺状況で評価は変わるでしょう。ただ、複数の価値観があることを、若者が知ることは大切です。
四国、九州、北陸…日本の医学研究は「西」が圧倒優位
若者を指導していると、日本人には心理的障壁があり、その行動に影響していると思うことが多々あります。たとえば、関東出身の医学生や若手医師は、西日本の病院で働くことを嫌がります。「都落ち」という人もいますが、「関ヶ原以西は敷居が高い」や「大阪、広島、福岡は怖い」と本音を漏らすものもいます。残念ながら、医学研究では大阪大学・京都大学を中心とした関西勢が圧倒的に日本をリードしています。食わず嫌いはもったいないです。
以前、広島の進学校の訪問を受けて興味深かったのは、引率の先生が「四国や九州の医学部の話は納得できます。ただ、子どもたちや父兄は、西に行くのは嫌がり、大阪・京都や東京など東に行きたがるのです」と言ったことです。これも一つの「心理的障壁」でしょう。
ただ、これは合理的ではありません。関東や関西には国公立の医学部はあまりありません。私立の医学部は多いのですが、一般家庭の子弟が入学するのは難しいでしょう。医師になるとすれば、どこの医学部がいいのか、先入観なく考えるべきです。私は四国、九州、そして北陸の国公立の医学部の受験を推奨しています。
上 昌広
内科医/医療ガバナンス研究所理事長
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