現スタッフが残れる方法を採りたい…X病院の選択肢は
そもそも、40床程度の小規模病院、しかも慢性期病院となるとどうしても経営効率が悪く、利益は出しにくくなります。そこで、考えられる方向性としては、
①病床機能を収益性の高い病床機能に転換して経営を続ける
②病床機能を廃止して、診療所として経営を続ける
③病院事業を事業譲渡し、診療所として経営を続ける
④近隣の大規模病院に医療法人を譲渡して、その一員として経営効率化を図る
などが考えられます。
①については、経営者にもスタッフにもノウハウがなければ、一朝一夕では実現できません。急性期や回復期に経験の豊富な医師や看護師の雇用が必要になるでしょう。
②は、スタッフを大幅に減らさなければならないという問題があります。また、現在の患者さんの受け入れ先を探すなど、時間もかかります。
③は選択肢にはなりますが、事業譲渡は相手が限定され、見つからない可能性や行政の理解に時間がかかる可能性もあります。
④は、最も一般的な病院M&Aですが、X病院の場合、老朽化した建物の再建築が必要であり譲渡価額面の懸念が生じます。また、森理事長自身の処遇の問題もあります。森理事長はまだ若く、これからも医療従事を続けたいと考えていますが、そのまま医師として勤務できるかどうかは、相手次第です。
いずれの方法も一長一短があり、なにを優先事項とするかによって、方針が変わってきます。
森理事長は、なるべく現在のスタッフがそのまま残れる方法を採りたいという意向があり、④のM&Aを追求することにしました。譲受先候補として、同県内で200床の整形外科病院を経営しているY医療法人が挙がりました。
「スタッフのために」M&Aを選んだが…交渉の論点
Y医療法人は、高度な施術例を多くもち、患者数も売上も伸びている病院でした。そこで病床規模拡大のために、県内でのM&Aを検討していたのです。交渉の中心的な論点は、以下の2点になりました。
【①病床機能転換とスタッフの処遇】
Y医療法人が求めているのは、回復期の病床でした。もし譲り受けをするのなら、現在の慢性期病床を回復期に変更することが、交渉の条件になりました。
慢性期病床と回復期病床とでは、スタッフの業務内容や体制は違います。慢性期病床の経験しかないX病院のスタッフには負担がかかることは間違いありません。
Y医療法人はスタッフの処遇、待遇は現在どおり継続するといいましたが、慣れない業務に変更となれば、続けていけなくなるスタッフもいるでしょう。森理事長にはそれが大きな懸念となりました。
【②譲渡価額】
これは予想されたことですが、近い将来、病院の建物の建て替えは必須になるということで、その分が評価からマイナスされて、譲り受け希望価額は森理事長の希望よりもかなり低い金額だと想定されました。
森理事長は、病院が建っている土地(医療法人保有)の含み益がかなり高くなっているという点を主張し、それと建て替え費用が相殺できるのではないかと主張しました。しかし、含み益はその土地を譲らなければ現実化できません。その土地で病院を続けていく以上は、いくら含み益があっても現金化できないのです。一方、建て替え費用はキャッシュで支払う必要があり、同列には並べられません。
結局、その2点がボトルネックになって交渉は合意に至らず、M&Aは破談で終わりました。
結局、森理事長は、とりあえず建物に耐震補強のみを実施し従前どおりの経営を続けることを選びました。現在でも、X病院はそのまま存続しています。しかし建物、設備の老朽化が集患に悪影響を及ぼすようになり、稼働率も減少傾向に転じ、厳しい経営状態が続いています。