認知症父「建売住宅ができたから引っ越すぞ」
引っ越す気満々からの……
ここ数年、わが家の周りは新築ラッシュ。ちょっと前までは、畑だらけで見晴らしもよかったのだが、今ではぎゅうぎゅうづめに家が建ち、周りの景色は一変している。
ある朝「おい!〇×さんの土地だったところに、新築の建売住宅ができたから、そこに引っ越すぞ」とじーじ。ご近所に「分譲住宅」の、のぼり旗が立っているのは知っているがまだ、家は建っていない。
これまでにも家を売ったとか、道路を売るとか、認知星人に変身したじーじは、様々な事件を巻き起こしてきた。しかし、そのつど地球防衛軍(私)に変身し、難題を解決してきた私にとって、もはや「引っ越すぞ」と言われたぐらいのことでは、ちっとも驚かない。
それより、家のすぐ近くではあるものの、わが家からは死角になっていて見えない分譲地をなぜ知っているのかのほうが気になるのだが、それより本人は、引っ越す気なのである。「え?家を買ったの?」と聞くと「いや、これからだ。新しい家は4千万円だろ、この間株で7千500万円儲けたからそれで買うのだ」とじーじ。
おいおい、この間、株で7千500万円の損失を出したからどうやって補填しようかって落ち込んでいたのは誰だ(すべてじーじの妄想です)。と思いながら聞いていると、なにやらごそごそと押し入れの中に頭を突っ込んで何かを探している様子。
「おや?おかしいな、登記簿謄本どこにしまったかな?」と、ぶつぶつ言っている。わが家の登記簿謄本は、昨年じーじが押し入れを整理してから行方不明なのである。このままでは大変なことになると焦る私を横目に、自分の机に移動し、引き出しという引き出しをひっくり返している。
そこで、おそるおそる「何を探しているの?」と聞くと「パスポートだ」とじーじ。そういえば、デイサービスのお友達と5月に満州になったらお寿司を食べに行くと言っていた。登記簿謄本を探していたはずが、いつの間にかパスポートに変わったらしい。
「登記簿謄本がない! 事件」に発展しなくてよかったとホッとしてる私に、「お前もパスポート用意しておけよ。満州でうまい寿司を食わしてやるからな」と、相変わらず満州に行く気は満々なのであった。
黒川 玲子
医療福祉接遇インストラクター
東京都福祉サービス評価推進機構評価者
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