英国と欧州連合(EU)は12月24日、自由貿易協定(FTA)の締結で合意したと発表した。2016年の国民投票以降、4年半にわたり英国・EUを混乱させていた大騒動の決着は、経済回復の兆しとなるのか? Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス)CIOの長谷川建一氏が指摘する「中長期的なリスク」とは。

混沌極めた英国のEU離脱、ついに決着へ

英国と欧州連合(EU)は12月24日、自由貿易協定(FTA)の締結で合意したと発表した。英国はEUの関税同盟や単一市場から離脱して、EUの規則に縛られることはなくなり、英国のEUからの離脱(ブレグジット)は完了した。今後は双方の関係は「離脱協定」と、今回合意した通商・協力協定に基づいて構築される。

 

欧州諸国は第二次世界大戦後の戦禍からの復興と、戦場となった反省も踏まえて、経済的・政治的に統合の道を選択した。その実現のため、独仏を中心に欧州連合を設立し、英国もこれに加盟した。しかし英国では、EUルールをいちいち気にしなければならないことへの不満も募り、離脱推進派が主権の回復を訴えて離脱運動を展開、2016年6月に英国はEU離脱の是非を問う国民投票を実施するに至った。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

国民投票では、離脱支持52%対不支持48%と僅差ながら離脱支持が過半数を制し、英国がEUを離脱することが決まった。そして、2020年1月31日に英国はEUを正式に離脱した。

 

今年は、離脱協定に基づいた新しいルールを定めるまでの移行期間で、英国はEUの正式離脱後も通商や人的な交流など様々な分野でEU加盟国と同等の扱いを受けていたが、12月31日にその期限を迎える。この期間が終了する直前でFTAを締結でき、通商上の課題に一応の決着を見たことについて、足元の混乱を回避できることも含め、安堵している人も多いだろう。

経済への不安解消で「英株買い増加の兆し」だが…

政治的な意図ははっきりしていたが、経済的な影響について、2016年の国民投票の段階でどこまで考慮・検討されていたかは、疑問が残る。そのため、EUからの離脱が決められて以来、約4年半にわたって、合意なき離脱に陥るリスクは、英国の経済成長率や将来の投資見通しの重しとなってきた。

 

今回、通商交渉で合意が得られたことは、経済見通しを巡る不確実な要因の一つが小さくなることを意味する。短期的には英国をめぐる投資環境の改善につながるだろう。英国株式相場は、主要市場に比べて割安で、過小評価されていると評価している参加者は、EU離脱に関する不透明感が払拭されたことを理由に、英株買いに出てくる公算は高い。金融業や不動産業、そして建設業など離脱に敏感なセクターはポジティブに影響を受けるだろう。

 

ただ中長期的な視野では、英国がこれで安泰といえるかというと、そう簡単ではなさそうである。

 

離脱派は今回の合意を政治的主権を取り戻したと歓迎した。経済的な大混乱に陥ることを回避したという点では、確かに英国にとってのプラスだが、政治的には、すでに離脱は実現していることである。EU離脱によって、英国がこれまでの優位性の一部を失うのは間違いないとの意見も多い。欧州は世界最大の単一市場であり、その市場から一歩離れることで、雇用や人材、資本の流れは徐々に英国から欧州に移っていくとの予想は、道理であるように見える。

 

残留支持派は、離脱は欧州統合の歴史的後退で、長期的にはこれまで英国が経験したことがない経済的な打撃をもたらす懸念や、アイルランドとの国境問題が再燃するのではないかと指摘してきた。その懸念はくすぶっている。なお今回の合意では、英領北アイルランドとEU加盟国であるアイルランドとの国境では、厳しい国境管理を導入しないことで双方がなんとか合意した。

コロナ変異種発生で突き付けられた「英国のEU依存」

今回の合意内容によって、英国やEU加盟各国で具体的な問題が生じるかどうかは、予断を許さないだろう。

 

英国には、英仏海峡を渡って毎日5,000台ものトラックが入ってくるといわれている。これらのトラックが運んでくるコンテナで、英国民が消費する冬季の生鮮果実や野菜がまかなわれている。今年年末の移行期間終了を控えて駆け込み的な輸入需要が増えたことから、スーパーマーケット大手のJ・セインズベリーは、クリスマス前にも、一部の野菜が品切れになるとの見通しを出した。

 

さらに、12月には新型コロナウイルスの変異種が確認され、英仏海峡が一時封鎖されたことも重なり、ロジスティクスの現場は一時パニック状態となった。今回の事態は、英国民が品不足の事態に対しての備えができているかを試すストレステストになってよかったというプラス面の評価もあるが、経済の相互依存は進んでおり、食糧依存度などを見ると、英国が単独で経済を回していけない事実は突き付けられている。

 

英国とEUは来年1月以降も通商関係を維持しようと、今年3月以降、タフな協議を続けてきた。今回の合意では、総額9,000億ドル規模の英EU間貿易の約半分を占める物資が絡む貿易取引について、自由な移動が維持され、双方で関税や割当枠も設けないことが決まった。ただ、通関作業などは双方の管理の対象となり、一定の手続きは必要となる。

 

また、EU加盟国が英水域での割り当てられる漁獲高についても、双方の妥協の跡が見られ、現場の争点として問題化する可能性は残っている。4年間の離脱交渉の結果得られた今回の合意は必要最低限の内容であり、今回の合意にも含まれる漁業や通商規則など多くの項目を巡っては、合意内容を詰めるための追加協議が控えている。

スコットランド首相が表明…噴出した「新たな懸念」

英国とEUは相互往来にビザの取得を義務付けないことでも合意したが、自由な移動ではなくなる。EU域内に居住する人が英国に入国する、あるいはその逆も入国審査を経なければならない。おそらく、英国とEUとの距離は離脱を決めた当時に想像されていたよりもずっと大きくなるのではないだろうか。

 

さらに、英国内部では、新たな懸念も出てきている。スコットランド行政府のスタージョン首相は、12月24日のFTA合意直後に、スコットランドが英国から独立する是非を問う2回目の住民投票を実施する意向であることをツイッターで表明した。移行期間が終わるに当たって、EUからの離脱は、スコットランドの意に反したことであると明確にしておく意図があるという。スコットランドにとってはEU離脱で失うものを埋め合わせるような通商合意はないとも書いてあった。ジョンソン英首相にとっては、新たな国内問題が待ち受けている。

 

こうして考えると、金融市場では英ポンドの見直し買いや割安な英国株への投資意欲の高まりがみられるが、今回の通商合意によって英国資産のディスカウントが解消すると考えるのは早計だろう。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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