「腕一本で生きる」ポジティブな生き方
一方で、フリーランスのデメリットとしては、「雇用の不安定」「病気による減収~無収入リスク」などが挙げられる。とは言っても、有能医ならば好条件の仕事が殺到するので、雇用の不安定とは無縁である。バリバリ働けば数年で「マイホーム現金一括購入、子供たちの進学資金を確保」することも可能であり、あとはセミリタイアして「週休5日生活」も夢ではない。
低能医の場合は、仕事も途切れがちで収入もさほど増えず、こっそりと年功序列型の勤務医に戻る者も多い。無能医に怖い思いをさせられた病院は、二度と無能医には声をかけなくなるので、マーケットに淘汰される。要するに「有能は厚遇、低能は冷遇、無能は淘汰」の世界であり、これが「マーケット」という名の神の見えざる手である。
『ドクターX』のように「私、失敗しないので」とは言わないまでも、「私、失敗したら辞めるので」が、フリーランスの掟である。後ろ盾となる組織も、明日の収入の保証もなく、失敗は自己責任であり、自ずと失職につながる。あれから13年間、ここで私は生き延びた。
現実がドラマに近づいた
2012年放映開始のドラマ『ドクターX』の大ヒットは、「フリーランス医師」という立場を広く世間に知らしめた。それまで「フリーター」呼ばわりされ「医療界の底辺」的にネガティブな扱いをされることも多かった「フリーランス」を、「腕一本で生きる、新しいタイプの生き方」としてポジティブに紹介した。
最近では病院ホームページの麻酔科医の経歴紹介で「2年間のフリーランス経験の後に部長に就任」「外部フリーランス医師に委託」というような文章を、堂々と掲載しているのを見かけるようになった。『ドクターX』以前には、夫が「今の病院を辞めてフリーランスになりたい」と言い出せば、妻はうろたえるか大反対するのが一般的だった。いまでは、妻の側から「ねえ、フリーランスって儲かるんでしょ……あなたもやってみない?」と言い出すことも多いらしい。
2015年、日本麻酔科学会によるマンパワーアンケート調査は、学会幹部を驚かせた。「一般病院の59%(これは想定の範囲内)、大学病院の39%が外部からフリーランス麻酔科医を雇っている」という結果だった。大学病院でも4割という事実は、彼らの予想を超えた。『ドクターX』の神原名医紹介所のように「民間の医師派遣業者を経由して、フリーランス医師を派遣してもらう大学病院」が実在することも明らかになった。
現実の方が、ドラマに近づいた。「白い巨塔」時代の「大学病院には元気な男性医師が沢山いる」「彼らは教授の指示で動く」「新人医師は、大学病院で専門医に育つ」「外部の病院が医師を欲しければ、大学病院に依頼して医者を派遣してもらう」というような常識は過去のものになりつつある。
また2012年のシーズン1放映時には、「所詮、麻酔科だけの一時的なブーム」とささやかれていたが、ネットやSNS(会員制交流サイト)の発達をうけて、19年ごろには内科、精神科、産婦人科、整形外科などでもフリーランス医師を見掛けるようになっていった。