大学病院の教授の権威は失墜し、もはや野心溢れる若手医師が目指す存在ではなくなったという。健康診断や当直などのアルバイトで食いつなぐフリーター医師も出現した一方で、『ドクターX』で有名になった、専門的なスキルを売りにして腕一本で高額な報酬を得るフリーランス医師は、病院にとって不可欠となった。100以上の病院を渡り歩いた現役麻酔科医が知られざる医療の現場、医師たちの本音を明かす。本連載は筒井冨美著『フリーランス女医は見た医師の稼ぎ方』(光文社新書)の一部を抜粋、再編集したものです。

公立病院が3500万円の年俸で麻酔科医を募集

年俸3500万円の求人も登場

 

本格的な高齢化社会となり、手術や麻酔の必要な病人は増える一方だ。なおかつ「内視鏡手術」のような高度な麻酔スキルを要求される手術が増え、従来ならば「手術不能(インオペ)」とされた進行がんも「本人が希望すれば、手術にチャレンジする」という風潮となった。

 

麻酔の需要は増加する一方だが、(勤務時間や場所を制限される可能性の高い)女医率の増加もあって供給量が増える見込みはない。「歯科医による全身麻酔」というグレーな技でしのぐ病院も実在するが、「工事現場における外国人技能実習生」のようなもので、行政サイドは今なお「見て見ぬふり」を続けている。

 

働けば働くほど仕事は増え、36時間連続労働も常態化していた。カバーの必要な(自称含む)弱者も増え、下手に「バカやろう!」などと怒鳴れば「パワハラ」「マタハラ」などの烙印を押され、カバーしている方が処分される時代となった。有能も低能も給料はさほど変わらず、上が詰まっているので出世も望み薄……しかも、改善される見込みは全くなかった。

 

「このままこの職場で働き続けると、過労死か医療事故が必ず起こる」と、直感的に思ったから辞表をだしたという。(※写真はイメージです/PIXTA)
「このままこの職場で働き続けると、過労死か医療事故が必ず起こる」と、直感的に思ったから辞表をだしたという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

40歳を過ぎたある日、私は大学病院に辞表を出した。「このままこの職場で働き続けると、過労死か医療事故が必ず起こる」と、直感的に思ったからであり、その時点では明確な将来設計があったわけではない。当面はアルバイトで食いつないで、次の職はゆっくり探すつもりだった。退職1カ月前、辞意を正式に公表したところ出張麻酔の依頼が殺到し、退職の2週間前には翌月の仕事がすべて埋まった。その後も仕事依頼の電話やメールが続き、「こんな調子なら、フリーランスとして独立するのもアリかも……」と、思い始めた。

 

独立初年度、年収は大学病院時代の3倍になり、なおかつ週5日は自宅で夕食を食べられ、また日曜と祝日は完全休業日になった。大学病院勤務医を苦しめる医師不足は、フリーランス医師にとってはブルーオーシャンでもあった。当時の麻酔料金相場は高止まりしたままで、仕事は途切れなかった。2008年、大阪府の某公立病院が3500万円の年俸を提示して麻酔科医を募集したことが報道されたが、この頃のフリーランス麻酔科医はこれ以上を稼ぐ者がゴロゴロ存在した。

 

有能は厚遇、低能は冷遇、無能は淘汰

 

フリーランス医師は、あらかじめ契約した条件に従い、「結果に応じた報酬」を受け取る。高リスク・高難度・長時間の仕事は、相場がワンランク上がるので、有能で勤勉な者ほど高収入となり、大学病院や公立病院によく見られる「ヤブ医者ほど高時給」という現象はない。仕事相手を選べるのも大きな魅力である。下手な外科医やヤバい病院とは契約更新しないことも可能だし、勤務医時代のように下手な麻酔科医の無償のカバーを強いられることはない。社会主義国から西側への亡命のようなものである。

 

仕事量を調節できるのも魅力である。フリーランスとは「仕事とカネ」がセットで動くので、あらかじめ同業者と調整しておけば「ハワイで1カ月」のようなバカンスを、問題なく取得することも可能である。勤務医の世界では「マタハラ」「逆マタハラ」など揉め事の種となりやすいママ女医も、「1日6時間勤務」と「10時間勤務」では報酬がそれなりに違うので、早く帰る者が非難されることはない。

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フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方

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筒井 冨美

光文社新書

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