Appleのスティーブ・ジョブズが、文字のアートであるカリグラフィーをプロダクトに活かしていたことは有名だ。マーク・ザッカーバーグがCEOをつとめるFacebook本社オフィスはウォールアートで埋め尽くされている。こうしたシリコンバレーのイノベーターたちがアートをたしなんでいたことから、アートとビジネスの関係性はますます注目されているが、実際、アートとビジネスは、深いところで響き合っているという。ビジネスマンは現代アートとどう向き合っていけばいいのかを明らかにする。本連載は練馬区美術館の館長・秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

アートはオリジナリティを生む発想の原点

「人が見えていない世界」を先取りする

 

世界中のアーティストたちと接していて実際に驚くのは、彼らが鋭い嗅覚で時代を捉え、思いもよらない発想でアートとして表現しているということです。

 

私が仕事を一緒にした現代アーティストの中には、そのような作家が数多くいます。その一人、日本の柳幸典は、世界が政治、経済、文化など、様々なレベルでグローバル化し、流動化した90年代から2000年代の国際社会のイメージを視覚化しています。

 

一流の科学者と一流のアーティストの思考回路は、とても似ているという。(※写真はイメージです/PIXTA)
一流の科学者と一流のアーティストの思考回路は、とても似ているという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

柳の「ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム」という作品は、当時の100カ国あまりの国々の国旗をモチーフにしています。それぞれの国旗は色のついた砂でつくられ、そこに生きたアリが生息するというものでした。無数のアリは日々巣づくりを繰り返します。しかしながら、そのたびに国旗は形を変え、中には原型を留めないほどに変形した国旗も出てきますが、働くアリたちはそれにはまったく気づかずに動き回ります。この作品を俯瞰して眺める私たちには、国家が崩壊し世界が流動化していくさまが、ユーモアを交えた生きた出来事として映るのです。

 

現代は、アフリカ諸国のように内戦で国の姿がなくなり大量の難民が生まれる時代でもあれば、グローバリゼーションで国境を越えて人やものが大量に移動する大物流時代にもなっています。柳は、社会変化として実感のなかった時代に、いち早くグローバル化の孕む危うさや緊張を視覚化し、作品化していたのです。

 

これはほんの一例ですが、柳の時代の変化をいち早く嗅ぎ分けていく直感力とそれらをイメージにしていく力には、驚かされます。今後、ビジネスの世界で重要視されるイノベーションも、そうした常人には思いもよらない発想から生み出されるのではないでしょうか。

 

私はアーティストのことをよく「炭鉱のカナリア」に喩えますが、彼らはまだ多くの人が見えていないものをいち早くその目で見て、聞こえていないことを聞きながら、言語としては表現しようのないものを形やイメージに置き換えて伝えているのです。

 

実際に優れたアーティストは、感度のいい野生動物のように時代の変化を肌で感じています。そうしたアーティストの時代感覚は、数十年先取りしていたり早すぎる傾向もありますが、さじ加減を考えればビジネスにもうまく活用することができると思います。

 

今後はそうしたアーティストのような思考法が、新たな価値を生み出し世界を変えていく原動力になるのではないでしょうか。

 

新たな価値の創造ということでいえば、まさしく香川県における「直島」がそうでした。直島は三菱マテリアルの製錬所以外とりたてて特徴のない島でしたが、アーティストたちはそれまで価値がないといわれてきた島の風景や町並みに価値を見いだし、それを現代アートの力で前面に押し出すことでさらに価値を高めていったのです。直島が海外から受け入れられている評価のポイントは、まさに美的・文化的価値を生み出した点にあり、海外の文化人はそのオリジナリティと創造性を評価しているのです。

 

このように「人が見えていない世界」を先取りすることが、オリジナリティを生む発想の原点になっているといえるのではないでしょうか。

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