NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、絶望することなく忍耐の生活を送る。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを浴びる存在となる。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

学歴のない少女は劣悪な労働条件で働かされた

道頓堀には、その影響が最も強く現れる。華やかな芸風で絶大な人気を誇った初代・中村鴈治郎、しっとりした色気で人々を魅了した女形の三代目・中村梅玉など、最も客を呼べる人気役者を擁した豪華な演目を並べて客を奪いあう。

 

人気役者をそろえれば出演料も高くなり、木戸銭はさらに高騰する。寄席で落語を楽しむのなら10〜20銭といったところだが、浪花座や中座で中村鴈治郎の舞台を観ようと思えば、4〜5円の出費を覚悟せねばならない。職人の日当2〜3日分に相当する額。それが飛ぶように売れて満員御礼となるのだから、興行主は笑いが止まらない。

 

戦争バブルの影響は、道頓堀にあるすべての業種に波及していた。芝居茶屋で客たちが注文する料理も、しだいに豪勢なものとなってゆく。品数は増え、重箱の数も増える。それを運ぶ女中たちも大変だ。

 

通りに建ち並ぶ劇場や茶屋の屋根には縄が張り渡され、近隣の飲食店や人気役者の名を染め抜いた色とりどりの小旗が付けられていた。

 

この頃の道頓堀ではすっかり名物になっていた「タコ吊」と呼ばれる広告だが、景気が良くなれば小旗の数が増える。頭上を見上げれば、色とりどりの無数の小旗が風に揺れ、空が狭く感じられた。

 

通りには芸者をはべらして闊歩する戦争成金の旦那衆、厚いボーナスの袋を懐にカフェーを物色するサラリーマン……、好景気に浮かれてそぞろ歩く人々の波。

 

それを右に左にかき分けながら、重い重箱を両手に持ってコマネズミのように走りまわるキクノの姿が想像される。彼女は華やかな興行街の雰囲気に浸る余裕もなく、こき使われていた。

 

店がいくら儲かろうが、彼女の仕事はキツくなるだけで何の見返りもない。好景気によって、幸福な世間と底辺労働者との格差はさらに広がる。

 

男女の賃金格差は現在よりもずっと激しい。大卒サラリーマンの平均給与は50〜60円だが、同じ会社に勤める事務職女性は30円前後。女性たちには憧れの職業だったタイピストでも40円程度と、男性の賃金よりはかなり安く抑えられている。

 

学歴のない年若の女性は、さらに劣悪な労働条件で働かされた。

 

小卒の女子労働者などは、寮費や食費を引かれると、月給の手取りは5〜10円程度だったという。道頓堀の仕出し料理店や芝居茶屋で働く女中たちの待遇も、これと似たようなものだったと考えられる。

 

大正期の1円は、現代の2000円前後の貨幣価値になるという試算がある。5~10円は、現在の1~2万円といった感覚。

 

しかし、給料があるだけマシだった。キクノの場合は、そのお小遣い程度のお金さえもらえない。

 

「寝る場所と食事を与えているのだから、それで充分やろ」

 

それが雇主の言い分である。

 

義務教育を終えていない子どもを働かせるのは、当時としても一応は違法。雇う側にも多少のリスクはある。よっぽど人手不足でもない限り、普通は採用を避ける。

 

家にいられぬ事情があったキクノの場合は、祖母がツテを頼って、なんとか女中として預かってもらったものだ。それだけに立場が弱い。

 

とはいえ、何年も給金を払わずタダ働きというのはひどい。実の父親もそうだが、なぜか彼女と関係する人物は薄情な者ばかり。

 

青山 誠
作家

 

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浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

青山 誠

角川文庫

幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、けして絶望することなく忍耐の生活をおくった少女“南口キクノ”。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを一身に浴びる存在となる。松竹新喜劇の…

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