オロナイン軟膏のCMに大抜擢のワケ
「南口キクノといいますねん」
「浪花千栄子(なにわちえこ)でございます。私の本当の名前はなぁ、南口キクノといいますねん」
と、彼女は微笑みながら語りかける……。
昭和40年代頃のテレビで頻繁に流れていたオロナイン軟膏のCMである。いまも古い民家の軒先に、そのホーロー看板を目にすることがある。当時を知る人には、あの柔らかい大阪弁のイントネーションが耳に蘇ってくるだろう。
語呂合わせと思いきや、南口キクノ(なんこうきくの)は本当に彼女の本名だった。
一説によれば、メーカーの社長が千栄子と会った時に「私の本名、南口キクノって言いますんや」と、CMと同じセリフで挨拶をされて、
「彼女しかいない」
と、その名にひと目惚れし、出演を求めたという。
しかし、この時すでにオロナイン軟膏のCMには、テレビ時代劇『とんま天狗』の主人公である大村崑がイメージ・キャラクターに使われていた。視聴者には好評で、売れ行きも順調に伸びている。降板させる理由が見つからない。
関係者は大村をどうやって説得すればいいか、頭を悩ませながら、ことの経緯を彼に説明しようとする。しかし、彼女の本名を聞かされたところで、大村の顔から笑みがあふれ、
「その名には勝てない」
そう言って、あっさり降板を了承したという。
浪花千栄子は戦前から、映画や舞台で活躍するベテラン女優だった。昭和20年代には花菱アチャコとの名コンビによるラジオ・ドラマが人気となり、知名度が上昇。映画やテレビでは名脇役として欠かせない存在になっていた。
しかし、彼女の顔と名がこれほど知られるようになったのは、やはり、全国各地のテレビで四六時中流れ続けたこのCMの効果が大きい。南口キクノが本名でなければ、その後の女優人生はまた違ったものになっていたかもしれない。