
「親が認知症で要介護」という境遇の人は今後、確実に増加していくでしょう。そして、介護には大変、悲惨、重労働といった側面があることも事実です。しかし、介護は決して辛いだけのものではなく、自分の捉え方次第で面白くもできるという。「見つめて」「ひらめき」「楽しむ」介護の実践記録をお届けします。本連載は黒川玲子著『認知星人じーじ「楽しむ介護」実践日誌』(海竜社)から一部を抜粋、編集した原稿です。
「姉貴、悪い、本当にごめん。俺は今日帰る」
弟逃亡事件
じーじを日中一人にしておくわけにはいかないので、月曜日から金曜日はデイサービスを利用している。私が夜遅くなる時にはヘルパーさんに夕飯をお願いしたり、たまに息抜きがしたい時にはショートステイを利用するなど介護保険をフル活用している。
一番困るのが、お通夜などの突発事項が起きた時だ。今回は準夜勤ちゃん(私の娘)も仕事を休むわけにもいかず、たまたま日曜日だったので都内に住む弟に急遽、じーじのお世話係を任命したのだが……事件は起こった!

その日、弟は以前からじーじに依頼されていたという戸籍謄本(なぜか、弟のもの)を持ってやってきた。そろそろ出かけようと支度をしていると、なにやらじーじが戦闘態勢! 戸籍謄本を机に叩きつけ「これじゃない」と怒鳴っている。
よくあることだから、と聞こえないふりをしていたが、「満鉄のことを調べに、満州に行ってこい」とか「俺は戸籍がないから山口の土地が売れない」とか、意味不明なことを言っている。そもそも、じーじの戸籍はさいたま市にあるし、山口県に土地は所有していないはずだが……。
弟はめったなことでは怒らない。だいたい、怒ったことは見たことがない。「そっか、そっか」と根気よくじーじの話を聞いてくれる弟に、じーじは「俺は自立するんだから、お前らの世話にはならん。帰れ」と、何が気に入らないのか猛攻撃!
そ、そしてついに弟がキレた!
「姉貴、悪い、本当にごめん。俺は今日帰る。このままだと大声出しそうだから……」
ぎゃ~! 弟、逃亡! 中学時代の大恩師のお通夜、何があっても参列したいが、急なことでヘルパーさんも頼めず、緊急ショート*も無理だった。
こうなったら放置だ! 裏の関所のおばちゃんに事情を説明し、じーじを一人残して外出。私より一足早く戻った準夜勤ちゃん(私の娘)によると、
「ロダンの彫刻みたいに固まってた」のだそうだ。
無事5時間半、お留守番ができました。めでたし、めでたし。
緊急ショート
居宅サービス計画(ケアプラン)において利用計画のない利用者を緊急で受け入れをすること。余談になるが、急な受け入れをしてくれた事業所には、緊急短期入所受入加算というのが付く。