トントン、部屋のドアをノックする音がした。そして…
間髪をいれずに、二人同時に大きく頷いた。ボストンバッグ一個に、通帳と印鑑と着替えと現金、母子手帳を入れた。行くあては、なかったが何とかするしかないと気丈な自分自身がいた。
さて、準備万端。殆どの荷物を置いていかねばならないが、後日取りにくればいいと思いながら車のキーを右手に握り締めた。その手にギュッと力が入る。新たな人生が、これからはじまるのだ。
その時、トントン、部屋のドアをノックする音がした。すぐに姑が中に入って来た。そして言った。
「行かないで欲しい」
あまりにも意外な言葉だったので躊躇した。言っている意味がすぐには理解できなかった。「出て行け=行かないで」では、数式が成立しない。出題が難しいのか、解答する側に能力がないのか。私は強気だった。
「出て行けと言われたら、いつだって出て行きますよ! さっき、そう言いましたよね」
いつから意地悪い性格になったのかは、予測がついた。売られた喧嘩は買うという考え方は、嫁いでから心の底にいつもある、私流の考え方。そしてたとえどんな相手でも怯まないと言うのも、いつも思っていることである。
姑は、さらに頭を下げた。その姿は、決して演技ではなかった。そこまでするならば仕方ないと思った。
「分かりました。今回は許します」
と言って、思い留まった。気分はスッキリ晴れることはなく、その後の時間は惰性で過ごした。子供たちは、私が何も言わなくても状況を察してか、安堵の顔で二人仲良く居間にリュックを置いてから、テレビを見はじめた。心配をかけてごめんねと、声に出せずに沈黙の空間で詫びた。
それから、舅は私と喧嘩をしても決して「出ていけ」とは言わなくなった。
子供たちも、決して「ママ、プリン作って」とは言わなかった。
プリン騒動は、一件落着に終わった。
私の戦いは、終わらない。
【続く】
本記事は幻冬舎ゴールドライフオンライン掲載の『プリン騒動』を再編集したものです。