「俺に歯向かう奴は、今すぐこの家から出て行けぇ!」
もしかしたら、調理せずに生のまま喰(く)い千切(ちぎ)るのかと想像した。何とあさましい光景だろう。一瞬、背筋に冷たいものが走った。
さらに、姑が大きな目と口を開いてこちらに向かって怒鳴った。
「じぃちゃんに向かって何言ってんだい!」
人間とは、理性を剥がすと獣になるのだと感じた。まさしく私の至近距離にいるのは二人と呼べる物体ではなかった。
一方では冷静に客観視しながら、もう一方では体内の血が逆流するごとく、怒りで煮え滾っている。これほどまで怒りを感じたのは、記憶になかった。言葉の暴力が鉛となって心臓を突き抜けた。私の体内で血が流れた。恐れる物などなにもなかった。攻撃を受けたなら、当然反撃する。言い換えると正当防衛である。
「子供たちが、プリンを食べたいと言うので、作って冷やさないと美味しくないので。作らせて頂きます」
「何ぃ‼ そんなもん、メシが先だ!」
「俺に歯向かう奴は、今すぐこの家から出て行けぇ!」
目の前にいる物体は、明らかに敵であった。全身で拒絶を感じた。もう、後には引けないと覚悟を決めた。
「分かりました。出て行きます‼」
と、エプロンを急いで外しその場を出た。部屋に戻りすぐに荷造りをはじめた。するとそこへ、子供たちがそれぞれのリュックを背負って入って来た。
息子三歳、緑色のカエルのリュックに自分のおもちゃを入るだけ入れて蓋をきちんと閉めて私の隣に寄り添った。娘三歳、赤色のネコのリュックに自分のおもちゃを入るだけ入れて、私の隣に寄り添った。子供たちの澄んだ瞳は、真っ直ぐ母を見ていた。
子供たちは、そばにいて一部始終を見ていたわけではない。怒鳴り合いの喧嘩をしているのを居間で聞いていて、二人で行動に移したのだ。この子たちは私のかけがえのない命だと身に染みた。些細な事が原因で、幼い子供たちに心配をかけて申し訳ないと思った。
しかし、後には引けない。キュッと気持ちを引きしめた。
「家を出るよ」
と、子供たちに向かって、強く厳しい口調で言った。