高齢化の進展や認知症リスクの増大に伴い、資産凍結など高齢者の財産管理に不具合が生じています。そんななか注目されているのが「家族信託」です。なかでも、筆者は実家の信託に特化した家族信託を「実家信託®」と名付けています。家族信託の理解を深めて、有効な認知症対策として活用するために、信託法における「人物」とその役割について解説します。※本連載は、司法書士・杉谷範子氏の著書『介護とお金の悩みを実家で解決する本』(近代セールス社)より一部を抜粋・再編集したものです。

財産を託され管理・処分を行う「受託者」

一方、「受託者」とは財産を託された人や法人のことをいい、財産の名義人になり財産の管理や処分をする役割を担います。

 

①受託者の資格

受託者は委託者から信頼され財産を託されているので、それを受けて財産を管理するとともに、ときには処分しなくてはなりません。そのため、未成年者、成年被後見人、被保佐人は受託者にはなれません。また、受託者が破産すると任務は終了します。破産した人は信託財産の管理はできないとされているからです。

 

②受託者の権限

受託者は、「信託の目的達成」のために必要な信託財産の管理、処分などの行為をする権限が与えられています。実家信託で考えると、受託者は自分の判断で実家の売却先を探し、売買価格を決めたり、売買契約を締結することができます。受託者はこのような大きな裁量を持ちますが、信託契約で受託者の権限に制限を加えることができます。

 

では、「受託者の権限に制限を加える」とは具体的にどのようなことでしょうか。たとえば、実家信託の場合、原則、実家を売却するには受託者のみで手続きを進めることができますが、信託契約で「受益者代理人の書面による承諾が必要」などと追加すれば、受益者代理人の同意がないと売ることはできません。

 

③受託者の義務

受託者には信託財産を管理処分できる権限があるため、果たすべき義務も厳格になります。通常は「信託事務遂行義務」「善管注意義務」「忠実義務」「公平義務」「分別管理義務」「信託事務処理の委託における第三者の選任および監督に関する義務」などを当然に負うことになります。

 

そこで、実家信託に関しては次の<ア>~<カ>ようなものがあげられます。

 

<ア. 信託事務遂行義務>

信託事務遂行義務とは実家を管理、処分する義務のことで、まずあげられるのが不動産登記です。信託することで受託者へ名義が移りますが、不動産登記では委託者と受託者が共同で、「所有権移転および信託」の登記申請を行います。

 

固定資産税の納付義務は受託者に変更され、実家の修繕や売却などの必要があれば手続きしなければなりません。また、実家の売却後も信託が継続する場合は売却代金が信託財産となるので、その金銭の使途を明確にして帳簿を付ける義務もあります。受益者に事務遂行の報告することも大事な仕事です。

 

<イ. 善管注意義務もしくは自己の財産と同一の注意義務>

善管注意義務とは、自己の財産を管理・保存するよりも、高度な注意義務のことをいいます。たとえば、実家を売却するにあたり、「適正な価格の決定、相手方の探索、売買条件の策定、そのための交渉において具体的に何をするかは、高度な注意義務をもって行うことになります。

 

価格の決定を例にとると、信託にとって最適な価格を徹底して追求することは、コストとの関係もあるので要求されませんが、鑑定を取るか否か、取るならどこから何社程度の鑑定を取るか、どの範囲で価格交渉するかなどは、善管注意義務に照らして決まる」ことになります(条解信託法172~173頁:弘文堂)。

 

しかし、実家信託では家族が受託者になり、無報酬で前記に記載した信託事務遂行義務を負い、実家をしっかりと管理、処分しなくてはなりません。ボランティアともいえる受託者に重い義務を負わせるのは少し酷な話です。信託法では契約で普管注意義務を軽減することを認めているので、実家信託における注意義務は「自己の財産に対するのと同一の注意義務」程度に軽くすることを提案しています。

 

<ウ.忠実義務>

受益者のため忠実に信託事務を行う義務です。

 

<エ.公平義務>

受益者が2人以上の場合に受益者のために公平に職務を行う義務です。

 

<オ.分別管理義務>

受託者は自分自身の財産と実家を分別して管理する義務があり、両者を混同してはいけません。

 

<カ.信託事務処理の委託における第三者の選任および監督に関する義務>

たとえば、実家の草刈りが必要になったとしても、受託者自身が草を刈る必要はありません。この場合、「信託事務処理の委託における第三者」として業者に代行してもらうことができます。このときに受託者は、自身が委託した第三者の選任と監督の義務を当然に負うことになります。

 

④受託者の変更

受託者が死亡したり、後見開始や保佐開始の審判を受けたり(つまり、被後見人や被保佐人になったり)、辞任した場合、解任された場合などでは受託者の任務が終了します。その場合には信託は終わってしまうのでしょうか。安心してください、受託者の任務が終了しても信託の事務処理を引き継ぐことができるので、通常は受託者の任務が終了しただけでは信託は終わりません。

 

受託者の任務が終了したら、新しい受託者を選び信託は継続することになりますが、信託契約に新しい受託者や受託者の選任方法をあらかじめ定めておくことができます。その定めがない場合には、委託者および受益者が受託者を選ぶことになります。ただし、受託者が欠けて新しい受託者がいない状態が1年間継続したとき信託は終了します。

 

なお、受託者が辞任するには、委託者と受益者(通常は同じ人)の同意が必要です。受託者が勝手に辞めてしまっては、委託者と受益者が困るからです。なお、受託者にやむを得ない事情がある場合には、裁判所に許可をもらって辞任することはできます。

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介護とお金の悩みを実家で解決する本 認知症で資産を凍結させない実家信託活用法

介護とお金の悩みを実家で解決する本 認知症で資産を凍結させない実家信託活用法

著者:杉谷 範子

税務監修:成田一正

近代セールス社

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