2025年には「認知症700万人時代」に突入するともいわれています。高齢になると資産管理が困難となりますが、認知症と診断されると資産が凍結してしまいます。日本人の財産の大部分を占めるものは「実家」などの不動産です。もし資産凍結に至れば、売却や賃貸ができず、実家が空き家化する恐れがあります。そこで知っておきたい対策こそ「家族信託」です。贈与税・売買代金がかかることなく財産の名義を変更でき、資産凍結を回避することが可能となります。※本連載は、司法書士・杉谷範子氏の著書『介護とお金の悩みを実家で解決する本』(近代セールス社)より一部を抜粋・再編集したものです。

「家族信託」なら、贈与税・売買代金ナシで名義変更可

資産の凍結を防ぐには、何らかの対策を講じる必要がありますが、これまでは所有者が生前に「贈与」や「売買」することで、財産の名義を家族に変えるしか方法はありませんでした。しかし、何度も繰り返しになりますが贈与には多額の贈与税がかかりますし、売買では家族が多額の売買代金を準備しなくてはなりません。

 

そこで有効なのが信託を活用する方法です。信託は贈与でも売買でもない新しい形の契約で、財産を管理する人や法人へ名義を変えて管理、運用、処分まですることができます。その名義人の意思能力があれば資産の凍結を防ぐことが可能になるのです。

 

ところで、信託といえば「投資信託」を連想すると思いますが、これから説明する信託は、金融機関が扱っている投資信託などとは全く異なります。投資信託は、金融機関が顧客から託された金銭を運用して利益を顧客へ還元する金融商品であり、家族の財産管理を目的としたものではないからです。

 

家族など、信頼できる人や法人との間で行う信託を「家族信託」あるいは「民事信託」などと呼び、近年その取扱いが広がりつつあります。なかでも、筆者は実家の信託に特化した家族信託を「実家信託®」〔※〕と名付けています。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

超高齢社会に対応…改正後「超柔軟」になった信託法

家族信託や実家信託は身内で行う信託のため、信託銀行に親の財産を管理してもらう必要はありません。名義を変えても贈与税がかからず売買代金も不要なら、もっと多くの人に知られていいはずですが、まだまだ世間では周知されていません。なぜでしょうか。

 

信託法自体は明治時代からありましたが、内容がとても厳格で、信託銀行や信託会社しか使うことが難しかった時代が長く続きました。しかし、2006年に信託法が大改正されたことで、一般の人も利用しやすくなり、家族でも扱うことができるようになったのです。そのため、高齢者の財産管理に大きな効果が期待されるようになりました。

 

ところで、日本の法律の多くはガチガチに規制している体系(大陸法)がメインですが、大改正された信託法は、規制を緩やかにして何かあれば裁判をして判例にして決めていこうとする体系の法律(英米法)になっています。

 

つまり、改正信託法はそれまでの日本の法律と比べるとあまりに柔軟すぎるので、どこまで法律でできるのかが図りかねるところもあり、専門家が踏み込めずにいました。専門家が動かなかったため、それが一般の方々へ伝わるのが遅れていました。

 

しかし、現在の日本では介護や空き家の問題とコンプライアンスの強化とが相まって、いたる所で財産の凍結による不具合が発生しています。そこで、社会の要請として信託を使った柔軟な対応が求められるようになったのです。

「実家の名義」を子ども等へ変更し、資産凍結を回避

信託とは、「財産の所有者(たとえば親)が元気なうちに、その財産の名義を第三者(たとえば子や孫)に移転し、その財産の価値や権利(不動産の売却代金や賃料等)は親が受け取る」という、他にはない契約形態です。これにより、親が認知症になったり亡くなった場合でも、財産の名義は子ども等に移っているため、子ども等が適切に財産を管理することができます。

 

信託銀行や信託会社が信託業の免許を取得して、不特定多数の顧客に反復継続して信託のサービスを提供することを「商事信託」と呼ぶのに対し、家族など小規模の単位で財産管理に活用するため「民事信託」、「家族信託」と呼んでいます。

 

そして、「実家信託」は実家の名義だけを親から子ども等に変更し、子ども等が実家を管理・処分できるようにする手続きです。

認知症で生じる「判断能力の壁」も、実家信託で突破

ところで、「親が認知症になった場合に備えて、実家信託の代わりに公正証書で『私が判断能力を失ったときは息子が実家を売却できる』という委任状を作成しておけば、実家はスムーズに売却できるのでは…」という質問を受けることがあります。しかし、たとえ公正証書で委任状を作成しても、所有者の判断能力がなくなったら息子が代理で実家を売ることはできません。

 

実家を売却する場合、売買を仲介する不動産業者や不動産の登記を申請する司法書士には、「所有者本人の意思確認」が求められるからです。これを怠ると、司法書士には業務停止や資格剥奪などの重いペナルティが課せられます。それほど、「本人の意思確認」は重要とされているのです。

 

一方、実家信託では名義人の息子に多くの裁量が認められ、不動産の所有者として扱ってもらえるため、親(委託者)の意思が確認できなくても実家を売ったり、貸したりすることができます。

信託での名義変更なら「贈与税・売買代金ゼロ」のワケ

前述したように、今までは生前に財産の名義を変更するには、「贈与」か「売買」しか方法はありませんでした。財産(所有権)を箱(名義)に入ったケーキ(財産価値)と仮定します。通常、箱とケーキは一体化しているので、贈与や売買で息子へ名義を変えるとケーキも移動します。

 

所有権を移すと財産価値も移るので、贈与すれば贈与税がかかり、売買であればその代金が必要になります。そして、箱に入ったケーキをもらう人は「所有者」になります。

 

一方、信託では「箱からケーキを出すこと」つまり、名義(箱)と財産価値(ケーキ)を分けることができます。贈与や売買では、名義と財産価値を分けられなかったので、「名義だけ変える」ことはできませんでした。ところが信託の世界では、「所有権」を「名義」と「財産価値」に分解し、それぞれの持ち主を別々にすることができるのです。

 

父が所有者の財産を信託しても、そのまま財産価値(ケーキ)を持ち続ければ財産の移転は起こりません。名義を変えても贈与税はかからず売買代金も不要のからくりは、この“分解”にあったのです。名義と財産価値を分けることで、財産管理の自由度は飛躍的に高まることになります。

 

※ 実家信託は司法書士法人ソレイユが商標登録しています。

 

書籍の詳細はこちら!
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杉谷 範子

司法書士法人ソレイユ 代表

司法書士

 

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介護とお金の悩みを実家で解決する本 認知症で資産を凍結させない実家信託活用法

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著者:杉谷 範子

税務監修:成田一正

近代セールス社

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