営業マンは乗っ取り屋、販売価格は固定資産税に
家を売っただとお!
じーじは認知星人に変身する前には必ず決まってあるポーズをする。握りこぶしを顎に当て(おでこの時もある)、数分間微動だにしない。そして、このポーズをしたあとは必ずびっくりスペシャルな発言をする。どうも、認知星と交信しているらしい。
今回の発言は「この間、A建設に家を売った。担当者ともう一度話をするから、今から支度をしてA建設に行く」。
わが家は、築40年。かなり年期が入っているが、じーじがちょこちょこ手入れをしてくれていたおかげでまだまだ現役。そんなことより、家を売っただとお!
「え~! 家売ったの?」
「そうだ、今年から固定資産税の税率が上がったから、この家の固定資産税は3千万円になったんだ」
「さ、さんぜんまんえん?」
「そうだ、お前はそんなことも知らなかったのか」
「(心の声)固定資産税が3千万円だなんて、どんだけでっかい家だよ」
「A建設に出かけるぞ」
「え~! 今日はA建設休みだよ」
「いや、そんなことはない、電話して確かめろ!」
(……電話をするふり……)
「もう、営業時間外だって」
「困った。このあいだ乗っ取り屋がきて、この家を乗っ取ろうとしているやつがいるから売ったんだ」
「(心の声)へ? 乗っ取り屋? 固定資産税が3千万円だから売ったんじゃなかったの? かい?」
「乗っ取り屋が来たの?」
「このあいだ、来ただろう、タオル持ってきた小太りの若造が。あいつだ」
……ピカッとひらめいた!
わが家の西側に、建売住宅が建つことになり、大手の住宅メーカーの方が挨拶に来ていた。それだ! そういえば、じーじは私の隣で、何千万円の家ですか? って聞いていた。その額3千万円。住宅メーカーの人は乗っ取り屋に、建売住宅の販売価格3千万円は、わが家の固定資産税になったわけか。
「まあ、今日のところは、A建設はお休みだし、夕飯食べて、ビール飲もうか」との問いかけに、「しょうがない、ビール飲んでやるか」とニコニコしながらビールを飲んで今日のところは一件落着したのであった。
黒川家の面々
じーじ
昭和3年生まれ。92歳。本書の主人公。アルツハイマー型認知症、要介護3。
中国旅順市生まれ。満州からの引揚者。若い頃から酔うと大ぼらを吹く癖があり、満州時代の話には謎が多い。最近「自分史」の執筆に夢中だが、内容が壮大すぎてどこまでが真実なのかは不明。
ばーば・さっこ
昭和9年生まれ。86歳。じーじの妻。レビー小体型認知症、要介護4。
典型的なお嬢様タイプ。じーじに逆らうことなく生きていたが、今では気に入らないと「じーちゃんなんか大嫌い!」攻撃を浴びせ、じーじを撃退する技を身につけた。車イスでの生活のため、現在、ホームに入居中。
しょーた
わが家の長男(私の弟)。
温厚で人と争わないタイプで、見守りを頼んだ際、じーじの攻撃に負けて2度逃亡を図る(後述)。じーじは、彼が勤務している広告代理店が満鉄を作ったと思っている。
準夜勤ちゃん
じーじの孫(私の娘)。
夜型人間なので、深夜のじーじ見守り隊。夜な夜な一人外出しようとするじーじを発見してくれるわが家の助っ人であり、私の愚痴聞き担当。じーじは、孫の前ではあまり認知星人に変身しない。