「それで証拠は?」…裁判でなぜ社長の多くは答えられないのか

日本の労働法は、労働事件が発生したとき社長を守ってくれない。経営判断をするとき、「これってまずくないか?」と立ち止まる感覚が必要だという。これまで中小企業の労働事件を解決してきた弁護士は、この“社長の嗅覚“を鍛える必要があるとアドバイスする。本連載は島田直行著『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)から抜粋、編集したものです。※本連載における法的根拠などは、いずれも書籍作成当時の法令に基づいています。

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労働法に「社長」という言葉は出てこない

訴訟に持ち込まれたら会社は不利?

 

「社長の用心棒になって、社員からの不当な要求を追い払ってやる」という弁護士になりたてだったころの私の誓いは、労働裁判に負け続け、海の波間に消えていった。

 

たとえば、とある運送関連の会社では、いわゆる問題社員が休日に酒気帯び運転をした。日々の指導にもかかわらず、彼が一向に反省しない姿勢を社長は許せず、解雇した。「ここまで問題があれば、訴訟はなんとかいけるだろう」と考えていたら、裁判所から「ちょっと処分が重すぎますね」と言われてしまった。同席した社長は天井を見上げた。なんというか、弁護士としての予想がはずれて、なんともつらい立場に置かれてしまった。

 

労働基準法をはじめとした労働法規は、基本的に「社員」を守るものであって、「社長」を守るものではない。(※写真はイメージです/PIXTA)
労働基準法をはじめとした労働法規は、基本的に「社員」を守るものであって、「社長」を守るものではない。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

こんな死屍累々の経験の果てに、私は「裁判に持ち込まれる前に解決する」と事務所の方針を切り替えた。では、なぜ労働事件は社長にとってこれほど不利なのだろうか。

 

労働法に「社長」はいない

 

日本には、労働契約法や労働基準法といった「労働」に関する法律が、ざっと思いつくだけでも19種類くらいある。これに政令や省令も含めれば、さらに増えてくる。弁護士といえども、そのすべてを把握しているわけではなく、必要に応じて調べながら対応しているのが現状だ。とくに労働分野は政治の影響を受けやすく、法改正も多いため、アップデートするだけでも結構大変だったりする。

 

このように、労働に関する規制はあまたあれども、実は「社長」という言葉は条文のどこにも出てこない。労働基準法をはじめとした労働法規は、基本的に「社員」を守るものであって、「社長」を守るものではないのだ。そもそも日本の法律は、大企業を想定した仕組みが多い。たとえば、会社法の大原則として「所有と経営の分離」を司法試験の受験時に学ぶ。「優秀な人物に経営を依頼することが効率的」という趣旨だ。

 

でも、実際には日本の中小企業の大半がオーナー企業であり、所有(株主)と経営(代表取締役)が同一であるのが普通だ。しかも優秀だろうがそうでなかろうが、オーナーの子どもが後継者になることが既定路線になっている。

 

このように日本の法制度と同族企業の経営の実態はまったく合致していない。労働法もしかりだ。「法律は中小企業の実態をわかっていない」と嘆いてもなにもはじまらない。

島田法律事務所 代表弁護士

山口県下関市生まれ。京都大学法学部卒。山口県弁護士会所属。
「中小企業の社長を360度サポートする」をテーマに、社長にフォーカスした“社長法務”を提唱する異色の弁護士。会社の問題と社長個人の問題をトータルに扱い、弁護士の枠にとらわれることなく、全体としてバランスのとれた解決策を提示することを旨とする。基本姿勢は訴訟に頼らないソフトな解決であり、交渉によるスピード解決を目指す。顧問先は、サービス業から医療法人に至るまで幅広い業界・業種に対応している。
最近は、労働問題、クレーム対応、事業承継(相続を含む)をメインに社長に対するサービスを提供。クライアントからは「社長の孤独な悩みをわかってくれる弁護士」として絶大な信頼を得ている。とくに労働問題は、法律論をかかげるだけではなく、相手の心情にも配慮した解決策を提示することで、数々の難局を打破してきた。そのような実績から、経営者あるいは社会保険労務士を対象にしたセミナーで、「社長目線での解決策」を解説することが多い。これまで経営者側として対応してきた労働事件は、残業代請求から団体交渉まで、200件を超える。

著者紹介

連載知らないと損する!労働法は社長の味方ではありません

社長、辞めた社員から内容証明が届いています

社長、辞めた社員から内容証明が届いています

島田 直行

プレジデント社

誰しもひとりでできることはおのずと限界がある。だから社長は、誰かを採用して組織として事業を展開することになる。そして、誰かひとりでも採用すれば、その瞬間から労働事件発生の可能性が生まれる。リスクにばかり目を奪わ…

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