日本の労働法は、労働事件が発生したとき社長を守ってくれない。経営判断をするとき、「これってまずくないか?」と立ち止まる感覚が必要だという。これまで中小企業の労働事件を解決してきた弁護士は、この“社長の嗅覚“を鍛える必要があるとアドバイスする。本連載は島田直行著『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)から抜粋、編集したものです。※本連載における法的根拠などは、いずれも書籍作成当時の法令に基づいています。

他人任せの社長ほど労働事件を起こしやすい

制度つくって運用でこける

 

労働事件の多くは、制度自体の瑕疵ではなく、運用の失敗に原因がある。たとえば、残業を抑制するために就業規則を変更して、許可制や固定残業代制を導入している会社も少なくない。社長としては、立派な就業規則ができれば満足しがちだが、それは違う。

 

島田直行著『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)
島田直行著『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)

就業規則は、作成してからの運用こそポイントになる。残業を許可制にしても、手間がかかるので残業を黙認してしまう。これでは裁判になったときに「残業を許可していない」と反論しても意味がない。

 

中小企業が運用で失敗するのは、制度が会社の文化に合っていないからだ。同族企業には、その会社独自の習慣といったものがある。社長が「うちの会社は、こうやって仕事をしてきた」とよく口にする、あの感覚が企業の習慣だ。いったん定着した習慣は容易く変えることができない。

 

人間は、本能的に変化を嫌悪する。習慣が先、法律が後。これが同族企業の実態だろう。勉強熱心な社長ほど、コンサルタントなどに依頼して自社の習慣を無視した新しい制度を導入したがる。しかし、これは体型に合わないスリムなスーツを無理に着こなすようなものだ。まずは自社の習慣をできるだけ維持する方法で制度を導入していかなければならない。その意味では、労務管理は自社オリジナルにこだわるべきだ。

 

制度の運用で失敗するもうひとつの理由は、社長が労務管理を非生産部門と認識しているからである。労務管理をしっかりしてもいきなり売上が伸びることはない。むしろ労務とは、人件費をはじめ、カネが出ていく話が多い。社長としてはあまり面白くない分野だから、興味が湧いてこない。したがって「労務のことは専務に聞いて」と社長が言う会社ほど労働事件を起こしやすい。

 

実際には、労務管理をきちんとすると、社員のモチベーションが上がり、売上に影響する。なにより適切な人件費の支払いを実現して経費の拡大を防止することも可能だ。人こそ事業だ。

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社長、辞めた社員から内容証明が届いています

社長、辞めた社員から内容証明が届いています

島田 直行

プレジデント社

誰しもひとりでできることはおのずと限界がある。だから社長は、誰かを採用して組織として事業を展開することになる。そして、誰かひとりでも採用すれば、その瞬間から労働事件発生の可能性が生まれる。リスクにばかり目を奪わ…

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