どうやって老人ホームを選んだらいいのか? それには入居者の生の声を聞くのが一番と、国内最大の老人ホーム紹介センターを経営する著者は断言します。そこで著者は、数々の入居者のエピソードを通して、ホームでの暮らしの悲喜こもごもを紹介。現在、国内最大の老人ホーム紹介センターを経営する著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

お餅のかわりのお麩で正月らしさを味わう?

同じ系列ホームで起きた、嘘のような本当の話です。正月なので恒例の餅つき大会をします。ボランティア団体に手伝ってもらい、入居者も家族も職員も法被を着て、交代交代で餅をつきます。しかし、ついた餅を入居者が食べることはありません。代わりに、お餅のように切ったお麩を食べていました。このホームの管理者はまじめな人で、会社からの通達を厳格に順守し、なおかつ、入居者に対し少しでも正月らしさを味わってもらおうという苦肉の策として、このようなことを考えついたと言います。

 

小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)
小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)

私はというと、不真面目な管理者だったので、それはそれ、会社は会社、ということで、入居者に対し「正月ぐらいお餅が食べたいよね」と聞いてまわり「食べたい」という声があれば、お餅を焼き始めます。きな粉や大根おろしで食べたいという入居者がいれば、用意します。入居者が美味しそうに食べている傍らで、看護師が掃除機を持って待機します。ホームに備えている吸引機よりも掃除機のほうが威力が強いなどと、冗談なのか本気なのかわかりませんが、楽しそうに食べている入居者を見守っています。

 

けっして、自分の武勇伝を言いたいわけではありません。私が言いたいのは、当時は、そのような行動をとらせるゆとりが、会社にも、入居者にも、家族にも職員にもあった、ということです。当然、餅を食べたことは数日後に会社にバレます。レク係の職員が、ホーム内の掲示板に楽しそうに入居者が餅を食べている写真を張り出したりします。生活相談員は、営業活動の一環で「お正月にお餅を食べました」的な記事を作り、周辺事業所に配布してしまいます。だからバレるのです。

 

しかし、会社からのおとがめはいっさいありません。強いて言うなら、給食事業担当の管理職から、遠回しに嫌味を言われる程度で、どうということはありません。そのくせ、入居者からは、1カ月ぐらいは「お餅を食べた」ということで話に花が咲くのです。家族からは「何度も何度もホームでお餅を食べたって、楽しそうに母が言うんです」と感謝されます。

 

しかし、今は環境が違います。そんなことをしようものなら、業務命令違反で下手をすれば解雇になってしまいます。家族からは「もしものことがあったら、どう責任を取るのですか」と言われます。だから、今はやりません。余計なことをして怒られるのであれば、何もしない、余計なことはしない、という選択肢のほうが賢いということになります。公務員や銀行員の世界と同じで、今の介護業界、老人ホーム業界は、挑戦して失敗した場合は、マイナス評価になってしまうので、余計な挑戦はしません。

 

小嶋 勝利
株式会社ASFONTRUSTNETWORK常務取締役

 

 

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