近年、相続トラブルが増加しています。感情的な対立が起こると話し合いによる解決が困難となり、家庭裁判所で調停の申し立てを行わざるを得ないケースも…。200件以上の相続事件に携わってきた筆者が、実際の事件をオリジナルストーリー化して紹介。相続に関する「紛争」の解決策、未然防止策を解説します。※本連載は、武蔵野経営法律事務所代表・加藤剛毅氏の著書『トラブル事案にまなぶ「泥沼」相続争い 解決・予防の手引』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

「人間関係」「感情の問題」が相続事件の行方を左右

相続事件は、多数の当事者をめぐる複雑な権利関係を扱うものであり、法律的に難しいということもあるのですが、それ以上に重要なことは、各相続人間の人間関係、感情の問題が事件の行方に非常に大きな影響を及ぼすということです。

 

このため、弁護士の立場としては、依頼者だけでなく、相手方に対しても、その気持ちや想いに対する配慮を怠り対応を誤るようなことがあれば、その後の結果が全く異なってしまうことも多々あります。たとえば、他の相続人からの協力を得られない場合、相続財産の調査や結論に大きな影響を与えてしまいます。

 

では、どうすれば協力を得られるのか? 正解があるわけではないですが、やはり正攻法としては、相手方とのファーストコンタクトの段階、具体的には最初のお手紙を出す段階から礼節をもって接し、誠実に対応することに尽きるのではないかと考えています。

 

このように、相続事件では特に初期対応が重要となります。私は、相続事件を専門的に扱う弁護士として、依頼者の想いや心情に寄り添いながらも、初期対応の重要性を忘れることなく、紛争の解決に向けて着実に前進していくという心構えをもって、一つひとつの案件に真摯に向き合っています。

 

私は、これまでに200件以上の相続事件に携わり問題解決をしてきましたが、それらのうちの紛争案件については、「生前の対策をきちんとしていれば、このような泥沼の紛争にはならなかったのに」と感じるものばかりでした。

 

昨今、一時の相続ブームは去りましたが、それでも近時の相続法の改正などにより依然として相続問題や「終活」は関心が高く、書店に行けば相続関係の書籍がたくさん並んでいます。

 

ただ、そのような相続関係の本をみてみると、税理士やファイナンシャルプランナーの方が書いた相続税対策を中心としたもの、あるいは、他の士業や、中には怪しげな自称相続コンサルタント・無資格者が書いた相続手続の解説などに偏ったものが多いと感じました。

 

そこで私は、これまで私が解決してきた200件以上の実際の事件の一つひとつを丁寧に振り返り、改めて精査・分析してみました。そしてその分析結果をもとに、若干の再構成を加えたオリジナルのストーリーをご紹介することで、

 

①現在、まさに紛争に巻き込まれている方々には紛争解決の糸口・方法を知っていただきたい。

 

②ご自分の死後のご家族の紛争を避けたいと考えている方々には、生前に対策をとらないと、残されたご家族が不幸になってしまうおそれがあることを知っていただきたい。

 

③紛争を未然に防止するために、生前の対策を実行するための一つのきっかけとしていただきたい。

 

と考え、紛争解決の唯一の士業専門家である弁護士ならではの視点で、相続に関する「紛争の解決」と「紛争の未然防止」に特化した内容の本を書きたいと思うに至りました。ここでは、その一部を紹介します。相続を「争族」にしないために、多くの皆様に本連載を有効活用していただければ幸いです。

父の遺産額を開示しない長男…不信感が募り対立激化

依頼者は50代の男性で、ご夫婦で相談にいらっしゃいました。お話を伺うと、亡くなった父親の相続人は、依頼者と依頼者の母、そして、依頼者の兄の3名でした。

 

依頼者の兄は、亡くなった父親が所有する土地の上に自宅を建てて住んでいたのですが、遺産のうちの預貯金等の有無及び金額が不明で、しかも、兄から任意に開示されなかったために不信感が募っていました。

 

このように、相手方が財産を開示しなかったり隠したりすると、不信感を募らせることになってしまいます。

 

ご相談の結果、当事者間の感情的な対立が激しかったため、当事者同士でこれ以上話し合いをしても解決する見込みはないと判断し、速やかに家庭裁判所に遺産分割調停の申立てをする方針を立てて正式にご依頼を受けました。

 

イラスト:茂垣志乙里
イラスト:茂垣志乙里

総額5千万円以上…長男の「不自然な引出し」が発覚

調停の申立てをすると、相手方である兄と母にも弁護士が代理人に就き、相手方から預貯金等がようやく、開示されました。

 

しかし、その預貯金口座の取引履歴をみてみると、被相続人である亡き父の預金口座から数年間にわたり、不自然かつ多額のお金(総額で5000万円以上)が引き出されていました。

 

そこで、この使途不明金等をめぐり、当方から、相手方の「特別受益」ではないかという主張をすると、今度は相手方からは、亡き父の生前に身の回りの世話をしたなどの理由で「寄与分」の主張をされ、双方で主張の応酬となりました。

 

また、遺産である不動産の評価額も争いとなり、話し合いでの解決が困難となったため、やむなく調停は不成立となり、審判手続に移行しました(遺産分割調停は、裁判所が話し合いでの解決の見込みがないと判断すると不成立となり、自動的に審判という手続に移行します)。

兄vs弟の審判手続…3つの争点

「審判」という手続は、厳密には「訴訟(裁判)」とは異なります。もっとも、審判も当事者双方が主張・立証をし、最終的に裁判所が証拠に基づいて事実を認定して一定の判断を下すという点で、訴訟(裁判)に似た手続です。審判手続の中では、①不動産の評価額、②特別受益の有無及び金額、③寄与分の有無及び金額の3点が争点になりました。

 

①不動産の評価額

 

まず、①の不動産の評価額については、当方からは、知り合いの不動産鑑定士に鑑定評価を依頼し、鑑定評価書を証拠として提出しました。

 

他方、相手方は不動産会社の価格査定書を提出してきましたので、最終的には双方の金額の中間値を評価額とすることで合意しました。

 

不動産の評価額が争点になる場合、本件のように不動産鑑定士に鑑定評価を依頼することの他、双方が不動産会社の価格査定書を提出し、その平均額を評価額とすることで合意することも多いです。

 

また、不動産会社の査定価格と相続税評価額(路線価)との中間値を評価額とする方法や、相続税評価額(路線価)をそのまま評価額とする方法などもあります。

 

②特別受益

 

次に、②特別受益の有無及び金額についてですが、相手方である兄が、遺産である被相続人名義の土地の上に自分名義の建物を建てて長年にわたり住んでいたので、当方が主張したとおり、遺産である土地を長年にわたり無償で利用したことが特別受益にあたると認められました。

 

この場合、土地を無償で使用したことで得た利益としては、一般的には更地価格の1〜3割程度と評価されることになります。

 

この他、使途不明金については、当方の粘り強い主張・立証活動により裁判官の説得に成功し、一定の金額については、相手方に対する生前贈与があったものとして特別受益として認めてもらうことができました。

 

③寄与分

 

最後に、③寄与分の有無及び金額についてです。相手方は、被相続人を介護したことについて寄与分の主張をしていました。

 

しかし、寄与分が認められるためには「特別の寄与」であることが必要であり、かつ、そのことにより、被相続人の遺産が維持又は増加したことまで立証しなければならないため、後述するとおり、一般的には非常にハードルが高いです。

 

本件でも、その立証がなされていないと裁判官に判断され、相手方の寄与分の主張は認められませんでした。

 

このように3つの争点について、一つずつ粘り強く解決していき、最終的に当事者の納得を得られ、調停成立で事件終了となりました(一度、審判手続に移行しても、話し合いでの解決が可能であれば、いつでも調停手続に戻すことが可能です)。

 

この事件では、依頼者の言い分をきちんと主張し立証することで、依頼者の感情的な不満を十分に吐き出してもらうとともに、裁判官が審判を出すときの最終的な結論を見据えたうえで、落としどころを粘り強く依頼者に説明したことが事件解決のポイントだったと考えています。

 

<教訓>

●依頼者の想いや言い分をきちんと聞き出して主張・立証すべし。

●依頼者の言い分を裁判所がどう考えるか、粘り強く依頼者に説明すべし。

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トラブル事案にまなぶ 「泥沼」相続争い 解決・予防の手引

トラブル事案にまなぶ 「泥沼」相続争い 解決・予防の手引

加藤 剛毅

中央経済社

「生前の対策をきちんとしていれば、このような泥沼の紛争にはならなかったのに…」 近年、相続トラブルが増加しています。 相続事件は初期対応が重要です。特に紛争案件は生前対策をきちんと行いさえすれば回避できるも…

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