人間の心や頭の発達にとって、子ども時代は重要な意味を持ちます。近年、傷つきやすい若者、すぐキレる若者、頑張れない若者が散見されるのは、学力や知力とは関係ない、何か他の能力の不足が関係している――と、心理学博士の榎本博明氏は語ります。ここでは、その能力とは何か、どうしたら高められるのかを紹介します。本連載は、榎本博明著『伸びる子どもは〇〇がすごい』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋・編集したものです。

怒りを爆発させ、周囲の人たちからは呆れられ…

幼い子どもたちを見ていると、ほのぼのしたメルヘンの世界を生きているような錯覚に陥りがちだが、自分自身の子ども時代を振り返ってみればわかるように、子どもたちも子どもなりにストレスのかかる世界を生きているのである。

 

友だちから意地悪をされたり、嫌なことを言われたりして、怒り感情に駆られることもある。運動が苦手な子は、球技のうまい子や足の速い子にバカにされることがあるかもしれない。勉強のできない子は、勉強のできる子から嫌味を言われることがあるかもしれない。人とかかわるのが苦手な子は、仲間外れにされたりするかもしれない。

 

嫌なことがあってムシャクシャするのは、大人だけではない。私たちは、子どもの頃からムシャクシャする気持ちと闘っているのだ。子ども時代に自分の中のムシャクシャする気持ちをうまくコントロールするコツをつかめば、大人になって怒り感情を爆発させてすべてを台無しにするようなことにならずにすむだろう。

 

子どもの頃に怒りをコントロールできるようにすることがいかに大切か。そのことを実感するために、怒りをコントロールできないと大人になってからどのような不利益があるかをみておこう。

 

①人間関係が壊れる

 

うっかり怒りを爆発させてしまった場合、相手との関係の悪化は免れない。こちらからすれば、

 

「そんな失礼な言い方は許せない」

「そんな理不尽な叱責には耐えられない」

「そんな勝手な言い分が通じるわけないだろ」

 

という思いがあり、怒って当然と考えていても、相手には相手の論理がある。たとえそれがあまりに身勝手な論理であっても、相手はその論理が正しいと思い込んでいる。そこで、

 

「何だ、その態度は」

「逆ギレか」

「融通の利かないヤツだな」

 

と、呆れたり、イラッときたりする。

 

怒り感情は、相手のネガティブな感情を刺激するため、怒りが怒りを呼ぶといった悪循環に陥りがちである。「これはまずい」と慌てて衝動にブレーキをかけ、その場では何とか取り繕うことができても、怒りを爆発させたことは双方の記憶にしっかりと残り、気まずさが漂うのは避けられない。

 

その結果、関係は悪化し、上司からの風当たりがよけいにきつくなったり、部下がますます反抗的になったり、取引先との関係が途絶えたり、せっかくの友情にヒビが入ったり、恋愛関係がこじれたりと、大きな損失を被ることにもなりかねない。

 

さらには、怒りを爆発させることで、それを目の当たりにした周囲の人たちから呆れられるなど、評価を下げてしまうということもある。これは、以下の③につながる問題である。

 

②冷静な判断ができなくなる

 

怒りを爆発させている人自身は、自分には怒るだけの正当な理由がある、だから怒っている自分は正しいと信じ込んでいるわけだが、怒っている人を客観的に観察すると、衝動に負けて正常な判断力を失っていると思わざるを得ない。本人自身も、あとで振り返ったとき、「みっともない姿をさらしてしまった」と反省し、後悔することがあるはずだ。

 

怒り感情に巻き込まれると、つい冷静さを失いがちだ。視野が狭くなり、ネガティブな視点からしか物事をとらえられなくなり、ますます腹が立ってくる。物事を冷静に判断する心の余裕を失い、つい軽率な行動を取ってしまう。

 

その結果、せっかく築いた地位や人間関係を失ったり、手に入れかけたチャンスを失ったりといったことになりがちである。

 

③評価を下げる

 

怒り感情に巻き込まれている人は、自分の姿をモニターする冷静さを失っている。そのため、怒りを爆発させている自分が相手や周囲の人たちの目にどう映っているかを想像できない。ふだんは人の目に自分がどう映っているかを気にする人でも、怒り感情に巻き込まれると、そんなことはつい忘れてしまう。

 

店員や駅員に怒りを爆発させている人は、自分の怒りは正当なものだと思い込んでいるはずだが、それを冷静に見ている周囲の人たちからは、

 

「みっともないなあ」

「日頃の鬱憤が相当溜まってるんだろうけど、それにしても大人げないなあ」

「あんな見苦しい姿だけはさらしたくないもんだ」

 

などと蔑みの目で見られてしまう。後になって、「まずいことをした」と後悔しても、時すでに遅しである。怒りを爆発させている姿は相手や周囲の人たちの目にしっかり焼き付いており、精神的に未熟な人物とみなされることは避けられない。

 

④仕事で損をする

 

ここまでの記述でわかるように、うっかり怒りを爆発させると、仕事相手や上司・部下に見切られることになりがちである。自分の感情をコントロールできず、取引相手や客に怒りを爆発させるような人物に仕事を任せようとはだれも思わないだろうし、そのような人物と一緒に仕事したいとはだれも思わないだろう。

 

たとえば、上司にキレた場合など、大きな損失になる。仮にきつい叱り方だったとしても、戦力になるように育てようという思いがあるから厳しいことを言ったのかもしれない。そこでキレてしまっては、せっかく鍛えてやろうと思ったのに逆ギレされるんじゃたまらないということで、そっぽを向かれかねない。キレるような容量の小さな人間に責任ある仕事は任せられないと思われても仕方ないだろう。

 

部下にキレた場合も、いろんな損失が考えられる。いくら部下の側の態度に非があったとしても、本人に自覚がない場合、周囲に噂を流され、「そんなことでムキになるなんて」と周囲の人たち呆れられ、小人物と軽んじられることにもなりかねない。たとえ本人に自分に非があるといった自覚があっても、感情的に責められると反発心が湧くもので、気まずい感じになりがちである。

 

小心な部下の場合は、上司の反応が怖くて話しにくくなり、ミスやトラブルなどネガティブな情報が入りにくくなる。いずれの場合も部下からのホウレンソウが機能しにくくなる。人間というのは、理屈より感情で動くものである。ゆえに、一度感情的にこじれると、関係の修復は難しい。

 

⑤モチベーションが低下する

 

怒りを爆発させた場合、瞬間的にスッキリするものの、すぐに「やっちゃった」と後悔の念が強まり、「まずいな」「見苦しい姿を見せてしまった」とネガティブな思いが渦巻き、気持ちが後ろ向きになり、モチベーションが低下しがちである。

 

怒ったのが上司であれば、当然のことながら怒りをぶつけられた部下の側のモチベーションも低下する。こうして怒りをコントロールできないと、職場全体のモチベーションを低下させることになりかねない。

 

⑥自信を失う

 

怒ると気持ちいいかと言うと、けっして気持ちのよいものではないはずだ。前項でも指摘したように、スッキリするのは爆発した瞬間くらいなもので、すぐに後味の悪さや不快感に襲われるものだ。

 

感情をコントロールできなかったことを恥じ、「自分はほんとにダメだなあ」と自己嫌悪に苛まれる。それは自己肯定感の低下につながる。

 

⑦心の健康が損なわれる

 

イライラや怒り感情を無理やり抑え込むことはストレスとなり、心の状態がネガティブになる。そうかといって、怒鳴ったり、文句を言ったりして、イライラや怒り感情を発散しても、気まずさや後味の悪さ、自己嫌悪がストレスとなり、さらに人間関係がこじれたりしてよけいにストレスが増すことの方が多い。

 

やはり怒り感情が湧いたときは、それをうまくコントロールする必要があり、怒りの爆発はストレス解消になるよりもストレスを増大させることになり、心の健康を損なうことになりがちである。

 

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榎本 博明

MP人間科学研究所 代表

 

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伸びる子どもは〇〇がすごい

伸びる子どもは〇〇がすごい

榎本 博明

日本経済新聞出版社

我慢することができない、すぐ感情的になる、優先順位が決められない、自己主張だけは強い…。今の新人に抱く違和感。そのルーツは子ども時代の過ごし方にあった。いま注目される「非認知能力」を取り上げ、想像力の豊かな心の…

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