しつけの問題だ…「最近流行りの教育法」に専門家が怒りの警鐘

人間の心や頭の発達にとって、子ども時代は重要な意味を持ちます。近年、傷つきやすい若者、すぐキレる若者、頑張れない若者が散見されるのは、学力や知力とは関係ない、何か他の能力の不足が関係している――と、心理学博士の榎本博明氏は語ります。ここでは、その能力とは何か、どうしたら高められるのかを紹介します。本連載は、榎本博明著『伸びる子どもは〇〇がすごい』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋・編集したものです。

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哲学者ジョン・ロックが強調した「我慢の重要性」

哲学者であり、近代教育思想の確立にも大いに貢献したジョン・ロックは、習慣形成が教育において担う役割を強調している。

 

「子供の精神の形成とその早期の鍛錬には大いに注意しなくてはなりません。これらのことは、いつも将来の子供の生活に影響を与えるのです」(ジョン・ロック著 服部知文訳『教育に関する考察』岩波文庫、以下同書)とし、子ども時代に望ましい行動を習慣化することが将来の生活に大きな影響を及ぼすとするが、とくに強調されるのが克己心である。

 

「体力は主として困難に耐えることにあるごとく、また精神力についても同様です。そしてあらゆる徳と価値の偉大な原理と基礎が置かれていますのは、人間は自己の欲望を拒み、自己の傾向性をおさえ、欲望が別の方向へ傾いても、理性が最善として示す処に純粋に従うことができるという点です。」

 

このように、負荷をかけることによって身体が鍛えられるのと同じく、自分の欲望を我慢することによって精神力が鍛えられるとする。そして、欲望を我慢する力は子どもの頃からの習慣によって培われる、といった視点を示している。

 

「あらゆる美徳と美質の原理は、理性が認めないような自分自身の欲望を充足することを自ら斥ける力にあることは、明らかであると思われます。この力は、習慣によって得られ、増進されまた早くから実行して、わけなく身近なものにすべきです。そこで、もし耳をかしてもらえるなら、通常の方法に反して、子供はゆりかごにいる間からさえ、自分の欲望を克服し、熱望するものをもたずに我慢することに慣れるようにすべきだ、と忠告したいと思います。」

 

自分の思い通りにならないような状況になると、すぐに落ち込んだり、かんしゃくを起こしたりする者がいる一方で、そんなときも冷静さを失わず、頑張り続けることができる者もいる。そこには、いわゆるレジリエンスの違いがある。

 

レジリエンスという概念は当時はなかったわけだが、今風に言えば、そのレジリエンスの違いをもたらすのが、幼い頃から自分の欲望のコントロールを習慣化できているかどうかだというのが、ロックの考えだと言ってよいだろう。

 

ロックは、子ども時代に欲しいものを何でも与えられ我慢せずに育った者は、大人になってから酒に溺れたり女に溺れたりするが、我慢する習慣を身につけてきた者はけっしてそのようなことはないといった例をあげ、「その相違は欲望があるとかないとかいうことではなくて、その欲望のうちにあって自己を統御し、克己する力にあります。若いときに、自己の意志を他人の理性に服従させることになれていない者は、自己の理性を活用すべき年齢になっても、自分自身の理性に傾聴し従うことは、めったにないものです」とする。

 

そして、そのような違いは子どもの頃のしつけに起源があるとし、「一方の子供は欲しがったり、わめいたりするものを与えられるのが習慣になっており、他方の子供はそんなものなしに我慢するのが習慣になっている」というように、どのような習慣を身につけているかどうかで大人になってからの人生が大きく違ってくることを強調している。

教育界や産業界が憂慮する「最近の若者の問題点」

最近の日本の若者にみられるレジリエンスの低さが、教育界でも産業界でも深刻な問題とされているが、それには「ほめて育てる」という子育てや教育によってポジティブな気分にしてもらえるのが習慣化し、ネガティブな気分を持ち堪える力が身につかず、逆境に弱くなっているといった事情があると私は考えている。

 

大阪市からの依頼で2006年に私が実施した大阪市内の幼稚園教諭を対象とした調査において、最近の園児の親を見ていて気になることとして、「過度に世話を焼く親が目立つ」(気になる者65%、気にならない者14%)、「とにかく甘やかす親が目立つ」(気になる者57%、気にならない者19%)、「自己中心的な親が目立つ」(気になる者45%、気にならない者22%)、「マナーが悪い親が目立つ」(気になる者59%、気にならない者18%)、「子どもをしつけるという自覚のない親が目立つ」(気になる者47%、気にならない者24%)、「べったりしすぎる親が目立つ」(気になる者41%、気にならない者27%)などとなっていた。

 

これをみると、過度に世話を焼く親、甘やかす親、子どもをしつけるという自覚のない親、子どもにべったりしすぎる親など、いわゆる子どものレジリエンスを鍛える働きかけの乏しい親が目立つことを多くの幼稚園教諭が懸念していることがわかる。このような育てられ方をした園児たちが、今10代後半の若者になっているのである。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

さらに、それから10年経った2016年に、山形市の放課後児童クラブや子ども教室等で子どもたちの相手をしている人たちを対象に私が実施した調査では、「甘やかす親が増えていると思う」が72.0%(そう思わない2.6%)、「厳しくしつける親が少なくなっていると思う」が72.4%(そう思わないが2.6%)、「子どもの機嫌を伺うような親がいるのが気になる」が65.5%(気にならないが7.8%)、「きちんと叱れない親が多いように思う」が78.4%(そう思わないが6.5%)、「厳しく叱ると子どもが傷つくと思っている親が多いと思う」が51.8%(そう思わないが12.2%)、「子どもの心を鍛えるという視点が今の教育には足りないと思う」が81.0%(そう思わないが0.9%)などとなっている。

 

すなわち、子どもたちと日常的にかかわっている他人の大人たちのほとんどが、今どきの親には子どものレジリエンスを鍛えようという意識がきわめて乏しいと感じていることがわかる。

 

ロックによるつぎのような指摘は、そんな今の日本の状況に対する教訓ともなっている。

 

「人びとが自分の子供を育てるに当って、わたくしが認めてきた重大な誤謬はつぎの事でした。すなわち(中略)然るべき時期に十分注意されなかったこと、最初精神がもっとも柔軟で、もっともたわめ易いときに規則に柔順で、理性によく従うようにしておかなかったことでした。(中略)子供たちには、(あきれた話ですが)いかにも逆らってはいけない、子供はなんでも思うままにさせてやらねばならぬ、子供は幼い間は大して悪い習慣もつかぬものだから、少々不規則な生活をさせてもけっこう大丈夫」などと考え、子供の強情な癖を直させようとせず、そのままにしておこうとするような子どもを溺愛する甘い親は、習慣というものの偉大さを見逃している。そのように注意を促す。

 

そして、「両親は子供が小さいときにその機嫌をとり、甘やかして子供のうちにある生まれつきの性能を台無しにする(中略)その子供が大きくなり、これらの悪習を身につけていると(中略)餓鬼どもは厄介で手に負えないと嘆き」がちだが、「これらのことは、両親自身が子供の心に吹き込み、後生大事に育てたもの」なのだという。

 

結局のところ、「自由と放縦は、子供にはけっして良い結果を与えません。子供には判断力が欠けているので、束縛と訓練が必要」なのだとしている。まさに今の日本の状況に対して重要な示唆を与えるものとなっている。

MP人間科学研究所 代表 心理学博士

1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学助教授等を経て、現職。

著書に『ほめると子どもはダメになる』『「上から目線」の構造』『薄っぺらいのに自信満々な人』『その「英語」が子どもをダメにする』『50歳からのむなしさの心理学』など多数。

著者紹介

連載心理学で分析…「できる大人」の幼少期はここが違う!

伸びる子どもは〇〇がすごい

伸びる子どもは〇〇がすごい

榎本 博明

日本経済新聞出版社

我慢することができない、すぐ感情的になる、優先順位が決められない、自己主張だけは強い…。今の新人に抱く違和感。そのルーツは子ども時代の過ごし方にあった。いま注目される「非認知能力」を取り上げ、想像力の豊かな心の…

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