人間の心や頭の発達にとって、子ども時代は重要な意味を持ちます。近年、傷つきやすい若者、すぐキレる若者、頑張れない若者が散見されるのは、学力や知力とは関係ない、何か他の能力の不足が関係している――と、心理学博士の榎本博明氏は語ります。ここでは、その能力とは何か、どうしたら高められるのかを紹介します。本連載は、榎本博明著『伸びる子どもは〇〇がすごい』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋・編集したものです。

「コスパの良い」子育ては、子どもの考える力を奪う

子どもが失敗しないようにと親が先回りして指示やアドバイスをすることによって、子どもの自発性が奪われたり、子どもが失敗しながら試行錯誤する経験を奪われたりする。その背景事情として、子どもが傷つかないようにといった配慮があることを指摘した。だが、もうひとつ指摘しなければならない背景事情がある。

 

それは、忙しい親たちがコスパを求めていることだ。今は共働きをしながら子育てをしている親が非常に多い。正社員だろうが、非正規社員だろうが、忙しいことには変わりはない。

 

帰宅後は両親ともに疲れ切っており、子どもをゆったりと見守る気持ちの余裕がない。翌日も朝早いし、子どもを早く寝かせて自分も早く寝たいという思いに駆られるのも当然だろう。

 

休日も、溜まった洗濯物を片づけたり、買い物をしたり、布団を干したり、掃除をしたり、やらなければいけないことに追われる。その上に、子どもの習い事の送り迎えがあったりする。子どもが小さいうちは、幼稚園や保育園の送り迎えもある。

 

すべきことに追われ、気持ちの余裕を失っているため、翌日の支度にしろ宿題にしろ、子どもに過剰に指示を与えがちとなる。わからないことがあって子どもが聞きに来ても、ヒントを与えつつ子どもに考えさせるのでなく、すぐに答えを教えたり、やり方を手取り足取り教えたりしてしまう。

 

そのため子どもは失敗することがないだけでなく、自分でああだこうだと考えながら試行錯誤するということも経験できなくなる。その結果、失敗を過度に怖れ、失敗すると立ち直れない感受性がつくられるとともに、自分で試行錯誤しながらあれこれ考えたり工夫したりする習慣を身につけることができず、自分でじっくり考えて判断する力をつけることもできない。

 

コスパというと良いことのように受け止めがちだが、それは努力をできるだけ節約しようという発想とも言える。日本人の仕事の正確さや熟練工のていねいな仕事は、惜しみなく手をかけることで成り立っているのであり、コスパとは正反対の発想のもとではじめて可能なものと言える。

 

子育てや子どもの教育も、惜しみなく手をかけるべき仕事であり、そこにコスパという発想を当てはめるのは適切とは思えない。心身共に疲れ果てているということはあるだろうが、子どもの将来は子ども時代の過ごし方にかかっている面が大きいのだし、親としてはひと踏ん張りして、じっと見守る気持ちの余裕をもつようにしたい。

欧米式の「叱らない子育て」は効果なし?

「ほめて育てる」「叱らない子育て」などといったキャッチフレーズをしょっちゅう目にするようになって久しい。子育て雑誌やネット上の子育てサイトでも、子どものほめ方がよく取り上げられる。私自身、そのような主旨の取材を受けることも多く、子どもをいい気分にさせればよいといった考えは危険だと警鐘を鳴らすのだが、時代の空気を変えるのは非常に難しい。

 

2015年に20歳前後の大学生と30代~60代の社会人を対象に私が実施した調査でも、「小学校時代に先生からよくほめられた」という人は、30代以上では37%なのに対して、大学生では53%と1.5倍になっている。

 

「小学校時代に先生からよく叱られた」という人は、30代以上では42%なのに対して、大学生では25%であり、前者の方が1.5倍以上となっている。

 

親の態度に関しても、「自分の父親は厳しかった」という人は、30代以上では43%なのに対して、大学生では32%と少なめになっている。「自分の母親は厳しかった」という人も、30代以上では51%なのに対して、大学生では40%と少なめになっている。「ほめて育てる」「叱らない子育て」といった考えが広まるにつれて、厳しいと感じる基準も違ってきていると考えられるので、現実の親の態度にはこの数字以上の差がみられるはずである。

 

その証拠に、「父親からよくほめられた」という人は、30代以上では20%なのに対して、大学生では34%と1.5倍以上となっている。「母親からよくほめられた」という人も、30代以上では36%なのに対して、大学生では61%と1.5倍を大きく上回る数字になっている。

 

こうした時代の風潮に疑問を投げかけたのが拙著『ほめると子どもはダメになる』(新潮新書)である。タイトルは極端なものになっているが、「ほめて育てる」のは危険だと警鐘を鳴らしたものである。

 

つまり、「ほめて育てる」「叱らない子育て」というのは、親がラクをすることには貢献しても、子どものためにはならない。ほめて育てれば自己肯定感が高まると言われてきたが実際は低下の一途を辿っており、傷つきやすい若者、我慢できない若者、頑張れない若者が世の中に溢れるようになっている。欧米のように個と個が切り離され、義務を果たさない者や実力を発揮できない者は切り捨てられる厳しい社会でほめるのと、日本のように心理的一体感があり、相手を丸ごと受容する社会においてほめるのとでは意味が違ってくる。これからは子どもの心を強く鍛えてあげることが必要だ。

 

書籍の詳細はこちら!
書籍の詳細はこちら!

 

榎本 博明

MP人間科学研究所 代表

 

【関連記事】

税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】

 

恐ろしい…銀行が「100万円を定期預金しませんか」と言うワケ

 

親が「総額3,000万円」を子・孫の口座にこっそり貯金…家族も知らないのに「税務署」には“バレる”ワケ【税理士が解説】

 

「儲かるなら自分がやれば?」と投資セミナーで質問すると

伸びる子どもは〇〇がすごい

伸びる子どもは〇〇がすごい

榎本 博明

日本経済新聞出版社

我慢することができない、すぐ感情的になる、優先順位が決められない、自己主張だけは強い…。今の新人に抱く違和感。そのルーツは子ども時代の過ごし方にあった。いま注目される「非認知能力」を取り上げ、想像力の豊かな心の…

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録
会員向けセミナーの一覧