「こんなにいい制度があるのか!」しかし…
【事例 田中さん夫婦のプロフィール】
田中一夫さん・・・昭和25年生まれの65歳
田中明子さん・・・昭和28年生まれの62歳
一夫さんは、昨年まで大手企業の役員として勤務。明子さんは専業主婦です。東京都区内にある土地70坪の戸建て住宅に、夫婦2人で住んでいます。子どもは32歳の長男と、28歳の次男の2人。ともに既婚、長男一家は現在、アメリカに赴任中で、次男は都区内の妻の実家近くのマンションに住んでいます。
金融資産は1億円。貸しアパートを持っていて、部屋が満室であれば、1年あたり600万円の家賃収入が期待できます。一夫さんは一人っ子、明子さんは兄との2人兄弟で、いずれも両親が健在ですが、一夫さんの父親、明子さんの母親が、いわゆる「まだらボケ」状態で、手分けして週に3回、実家に通う生活がここ2年続いています。
【ステップ1 任意後見制度について知る】
先行きを考えるとぼんやりした不安に包まれる鬱陶しい日々が続くなか、一夫さんは久しぶりに大学のサークルの同窓会に参加しました。
気の置けない仲間に会えた楽しさもさることながら、一夫さんにとって一番の収穫は、「認知症になってからのことを、事前に決めて、託す制度がある」ということを知ったことでした。「任意後見制度」という制度で、地方で病院経営をしている友人が病院の顧問弁護士からの提案を受け、「こんなにいい制度があるのか!」と驚いたというのです。
「うちには子どもがいないから、将来、認知症になって自分の金の管理もできなくなったらどうしようって、女房と話していたんだよ。親戚たちにいいようにやられちゃかなわないからな。財産管理を任せることができることに、何より安心したよ」というのを聞き、自分にもそうしたサポートが必要なのではないかと思うようになりました。
任意後見人には、親族、特に子どもが選任されているケースが多いのが現状です。一夫さんには2人の息子がいますが、長男はアメリカ在住なので、後見人の役割を果たしてもらうのは現実的に難しいでしょう。
次男に対しては、近くに住む妻の実家の両親に気に入られ、親しく付き合っているようなので、自分たちのことで負担をかけたくないという思いがあります。ですから必然的に、友人のように弁護士などの第三者を選任することになります。仮に子どもが後見人になれる状況にあったとしても、子どもを選任するのは、あまりお勧めしません。というのも、相続という観点からすると、親と子は利益相反の関係にあるからです。
■子どもは結局「利益相反の関係」にある!?
子どもの側からすれば、親があまりお金を使わず、たくさんのお金を残してくれればくれるほど、相続財産として自分たちに入ってくることになります。しかし、親が自分たちのために多くのお金を使ってしまったら、自分たちに残されるものが少なくなってしまいます。「まさか、うちの子どもはそんなふうには思わないだろう」と、思う人が多いかもしれません。
しかし現実に、資産家であるにも拘らず、認知能力低下とともに子どもに財産を握られてしまい、サービスのよくない介護施設で煎餅蒲団に寝かされている人が世の中にはたくさんいるのです。財産持ちの親は、しっかりしていた頃は子どもの間で奪い合いの人気者ですが、認知能力が不十分になったとたん、厄介者扱いされ、財産を握られ、お金をかけてもらえなくなる、というのが悲しい現実です。