自己肯定感が低い要因は「減点主義の教育」にある!?
子どものよいところを見つけて加点する
自己肯定感が低い要因のひとつに、「減点主義」があると、私は思っています。日本人は、“謙遜する国民”のせいか、ものごとを減点で考えるところがあります。100点満点のテストで95点もとれているのに、勉強が得意な子どもやその保護者ほど、「5点失った」「95点しかとれなかった」「完璧ではない」と考える。
そして、あと5点を獲得するために努力する。点数のいい子ほどそうです。これは、大変な損失だと考えています。100点満点のテストの場合、裾野(すその)のほうは得点が分散化していますが、高得点者はほとんど差がつかない。99点と98点の子どもに、どれぐらいのリーダー資質の差があるでしょうか。資質の差はまったく読めないのではないでしょうか。
それより、加点方式にしたほうがいいのです。まず、満点を100点と限定しない。100点は基準ではあるけれど、それを超えるすごさがあれば、250点、400点をつける。0点をスタート地点とし、こういうことができたら3点プラス、こんなすごいことができたら30点プラス。それを積み重ねていったら、軽く100点を超えてくる、さらに1000点も超える、というのでもよいではないですか。
すると、「オレはできると思っていたけれど250点、でも、400点のやつもいるのか。150点も差がある。それなら、あいつがリーダーになるのがふさわしい」と思えてきます。そして、その後も自分の可能性を高めるために、加点にチャレンジしていく。伸びしろに制限をつけないことが、伸びる要因になるのです。
そして、どんどん伸びて400点を超えたときに、リーダーとしてのチャンスは巡ってきます。アメリカ人は、こういう考え方をする人が多いと思います。しかし、日本人の場合、「オレは99.2点」「あいつは99.4点」と、減点法で僅差(きんさ)を争う体質です。あまり差がつかないから、リーダー選びも難しい。たとえば官庁の事務次官が「持ち回り」になるのは、この結果のあらわれです。あの人もこの人も点数が同じくらいだから、1年ごとにやってもらいましょうと。そうでなければ不公平だ、ということになるのです。
僅差であると、それぞれの個性にも着目できません。だから、保護者は、子どもを褒めてください。あまり深く考えず、子どもがうまくできたときに、「あ、上手にできたね!」と口に出せばよいのです。この先、何を得意分野としてやっていくのか、どこに自己肯定感を持つのかは、親が決めることではありません。
子どもが、「自分はこれが得意」「これが好き」と思える土台を、親は作るだけです。そうしているうちに、子どもたちは好きなことを見つけ、それが個性になっていくでしょう。
子どもの決断力を磨くには「ダメ出しをしない」こと
Yes,but、“ちょい足し”の言い方を身につける
子どもの決断力を磨くためには、「ダメ出しをしない」ことが重要です。とにかく、子どもがやろうとしていることを肯定する。「あなたなら、大丈夫なんじゃない?」と言ってあげることです。
もちろん、無理そうだと思うこともあるでしょう。けれど、それでも「ダメ」とは言わない。子どもは大人が思う以上に大人に従順で、どれだけ反発しても親や教師に完全に逆らうことは難しいと思っています。だから、大人に「ダメ」と言われると、「屈した」という思いとともに、敗北感を味わいます。
だからこそ、多少心配でも、第一声は「いいね!」にすることが大事なのです。親に応援してもらえているからこそ勇気がわき、ポジティブに前に進めます。そうはいっても、危なっかしい、絶対に無理だ、と思うこともあるでしょう。そんなときも、やはり最初は「いいね!」です。子どももそう鈍感ではないので、親が「いいね」と言いつつ「ちょっと無理かも……」と思いながらすすめてくれることは、「あれ、やばいかな」と察するものです。
「無理してOKを出している」とわかったら、自分で考え始めます。心配で心配でたまらないときには、「いいね!」のあとに、「だけど……」と口に出してもいいでしょう。Yes,butの言い方です。but以降の言葉は短めにしましょう。「それをやると、帰りが22時を回らない?」とか。「○さんがちょっと不愉快かもしれないね」程度に。
そして、疑問形にしたり、つぶやきにしたりする。あまり断定的に言い過ぎないことです。ネガティブな意見を最初から言ってしまうと、子どもは拒否反応を示しますが、最初に「いいね!」があれば聞けるのです。また、子どもに考える余地を残した言い方なら、「親の言うことなど絶対にきかない!」という意固地さも、少しほぐれます。
その上で、「力いっぱいがんばって!」と応援すれば、親を悲しませないようにと頭の片隅において、行動するものです。子どもも、意外に考えているのです。