本記事は、学習塾・灘学習院の学院長である江藤宏氏の著書『東大・京大に合格する子どもの育て方』より、日本の小学校教育の問題点を取り上げ、日本人が論理的思考や数学を苦手とする理由を探ります。

小学校の先生は、大学で「教え方」を学んできただけ

小学校、中学校、高等学校、盲・聾・養護学校、幼稚園の教員及び養護教員になるには、各種学校の教員免許状が必要であり、中学校・高等学校は教科ごとの免許状になります。

 

免許状の授与を受けるためには、教員養成系の大学で所定の単位を取って卒業することが、最も一般的です。文部科学省のホームページでは、教員に求められる資質能力として次のような内容があげられています。

 

「教育者としての使命感、人間の成長・発達についての深い理解、幼児・児童・生徒に対する教育的愛情、教科等に関する専門的知識、広く豊かな教養などに基づく実践的指導力」

 

さらに、今後特に求められる資質能力として、次のような項目があげられています。

 

1.地球的視野に立って行動するための資質能力

 

2.変化の時代を生きる社会人に求められる資質能力

 

3.教員の職務から必然的に求められる資質能力

 

中でも3については、教科指導、生徒指導のための知識、技能及び態度が求められるとあります。

 

つまり、教員養成系の大学では、これらの資質能力を身につけるための教育が行われているのです。例えば岡山大学教育学部が発行している学生向けポートフォリオには、小学校教育コースの履修モデルが記されています。その授業科目をみれば、コーディネート力、マネジメント力、実践的指導力、学習指導力、生徒指導力などの養成が目指されているようです。

 

最も大切な学習指導力に関しては、各教科の具体的な指導法を履修することがあげられています。各教科の指導法については文部科学省の『小学校学習指導要領』や『小学校学習指導要領解説』を参考にし、さらには市販されている教科指導法なども加味して学んでいくようです。

 

教員養成系の大学では、学生はまず教え方を学ぶのです。その学生たちは、そもそもどんな資質を備えているのでしょうか。小学校教員を養成するコースは大学入試において、理系が得意ではなくても対応できるような科目設定となっています。国公立大学を受験する場合はセンター試験を受ける必要はありますが、2次試験では国語と英語などの選択のみで、数学は不要なのです。

 

その結果、こと小学校教員養成系については、文系の学生の方が多くなっています。すると、どのようなことが起こるでしょうか。

 

小学校教員の養成に関わっている大学数学教員にとって重要な問題の一つは、算数の「教え方」だけを学生から求められることです。さらには、理科とともに教科指導で苦労するはずの算数科の指導について教師自身が研究しようとしないという状況もあるようです。

 

文系出身の教師が「算数」を教えている… (画像はイメージです/PIXTA)
文系出身の教師が「算数」を教えている…
(画像はイメージです/PIXTA)

 

小学校の先生を目指す文系学生が求めるのは、あくまで算数の教え方なのです。そもそも、教壇に立っている先生自身が、小学校からずっと学校で「教えられて」育ってきているのです。学校とは教える場であり、授業は可能な限り「わかりやすい」方が良いと考えているでしょう。

 

だから、もしかすると親切な先生ほど、授業中に「わかったかな」とか「わかりましたね?」と生徒たちに確かめながら話を進めるかもしれません。

 

では、小学校時代にそこまで丁寧に算数を教わった子どもたちは、その後、中学校に進んで数学が得意科目となるでしょうか。あるいは、日本人全体の学力を考えてみた時に数学的な力、すなわち論理的な思考力に長けているといえるでしょうか。もちろん、すべての日本人がそうだというわけではありませんが、どちらかといえば全般的に論理的思考力が弱いのが実情といえるでしょう。

 

思考力が弱ければ、画期的なモノを創造する力も乏しくなりがちです。だとすれば、その原因はどこにあるのでしょう。小学生となってから、学校や塾、さらには家庭も含めて、子どもたちがどこで一番勉強するのかといえば、やはり学校です。しかも、算数を最初に習うのは小学校です。誠に残念なことですが、日本の小学校における算数教育には、決定的な間違いがあるといわざるを得ないのです。

「わかりやすい」授業の落とし穴

わかりやすく教える授業のどこに問題があるのか。答えは簡単で「わかりやすい」ことが問題なのです。先生の話を聞いて、すぐに「わかる」。板書やスライド、ビデオなどを見て、直ちに「わかる」。子どもたちが何も考えなくてもいいぐらい「わかりやすく」、わかるまで説明してくれる授業、そんな授業を聞いていると、実際に子どもたちは、何も考えなくなります。聞いているだけで「わかった」気になるのだから、わざわざややこしいことを考える必要などありません。

 

もしかすると「なぜ?」「どうして?」といった疑問が心のうちに生まれていることも、稀にはあるかもしれません。けれども、用意周到な先生であればあるほど、そうした疑問に対しても先回りして答えを用意してくれているはずです。何しろ、それこそが「わかりやすい」授業なのだから。

 

このように丁寧に教えてくれる先生の評価は、子どもからも保護者からも高くなるでしょう。仮に参観日などであれば、先生はさらに念入りに準備をするに違いありません。当日は立て板に水を流すように滑らかに話をし、話を聞いて「わかった」子どもたちが活発に反応する。そんな授業は高く評価されるでしょう。もちろん、子どもたちも「わかりやすく」説明してくれる先生を、嫌いになることはありません。

 

けれども、こうした「わかりやすい」授業には、致命的な問題があります。

 

子どもが考えなくなるのです。

 

もし、本当に何も考えなくても理解できるほど、わかりやすい授業であれば、その内容について子どもたちが自分で考えるはずがありません。ここには恐ろしい落とし穴があります。先生のわかりやすい話を聞いて、子どもたちはとりあえず「わかった」気になっているものの、自分の頭で考えて納得したわけではないので、本当の意味での理解はできていません。暗記力の優れた子どもなら、教わった内容を覚えることができるでしょう。しかし、覚えることと、自分の頭で咀嚼して理解することは、まったく次元の異なる行為です。

 

結局、わかりやすい授業であればあるほど、授業を聞いた時こそ何となくわかったような気にはなるものの、教わった内容は、子どもたちの頭にはほとんど残りません。先生は、教えた内容を子どもたちに忘れられることを前提としているから、練習問題を繰り返させるのです。教えた内容を、問題を解かせることで、少しでも頭に定着させようとするのです。宿題でドリルなどをやらせるのも同じ理由です。

 

もちろん、それが悪いことだとは思いません。確かに練習を繰り返せば、教わった内容の中でいくらかは知識として頭に定着するでしょう。算数の練習問題を解いていれば、計算能力は高まるはずです。ただし、機械的に解ける練習問題をいくら繰り返したとしても、考える力を養うことはできません。なぜなら機械的に解ける練習問題とは、要するに頭を使って考えなくても回答できる問題だからです。

 

本当は、子どもが「わからない」と思った瞬間こそが、考えるための最高の機会なのです。人間は本来、何かが「わからない」状態に居心地の悪さを覚えるものです。精神的に不安定になり、不快感を覚えるはずです。だからこそ、そうした感情を何とかして解消したいと思うのです。その時、思考が起動します。幼い子どもがよく「どうして?」「なぜ、こうなるの?」と尋ねるのは、不安を解消したい本能が働くからです。

 

何かの疑問が湧き上がった時に、それを最も手軽に解消する方法が、誰かに教わることです。学校に通い出す前なら、身近にいるお父さんやお母さんに質問するでしょう。学校に通うようになれば、親切にわかりやすく教えてくれる先生に尋ねるでしょう。けれども「教えられる」と、そこで終わりです。とりあえず疑問が解消されれば、それ以上突っ込んで考える必要などありません。

 

湧き上がってきた問いに対する答えが得られれば、それでたいていの子どもは満足します。できることなら、ややこしいことは考えたくないのも、人間の本能です。逆にいえば、子どもたちを考えさせるためには、工夫が必要なのです。わかりやすく説明することは、残念ながら考えさせることにはつながりません。

 

何より大切なのは、子どもたちの心にクエスチョンマークを点灯させること。まずは「どうして?」「なぜ?」と疑問を抱かせること。その次が、子どもたちを思考に導くための決定的に重要なポイント、絶対にすぐに教えたりしないことです。教えるのではなく、子どもと一緒になって「どうしてかな?」と、子どもの疑問に同意しながら、子どもを考えるように導く。これこそが本来の教育なのです。

 

 

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    江藤 宏

    幻冬舎メディアコンサルティング

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