言われるままに買ってしまう「認知症による大量購入」
【事例】
高齢で一人暮らしをしている母のいる実家に帰ったら、健康器具やスポーツ用品、健康食品が山積みになっていました。高齢者向けの健康本も。「これを使わないと認知症になる」などと言われて怖くなり、定期的に購入していると言います。
加齢やうつ病、認知症など、心身の故障によって判断力が低下してくると、悪質な事業者に付け込まれる可能性は高くなります。平成30年の消費者契約法改正では、加齢等による判断力の低下を不当に利用して締結された消費者契約についての取消権の規定が設けられました。
取消権が発生する要件は、次のとおりです。
●消費者が、加齢または心身の故障により判断力が著しく低下していること
●それによって消費者が、生計・健康等に関し、現在の生活維持に過大な不安を抱いていること
●事業者が勧誘行為の際、以上の事項を知っていたこと
●事業者が不安を煽り、勧誘している消費者契約を締結しなければ、現在の生活の維持が困難になる旨を伝えたこと
「判断力が著しく低下していること」という要件については、必ずしも重度ということではなく、軽度認知障害の場合も含まれる可能性があります。個別の具体的な事情から判断されます。
「消費者が抱く現在の生活維持への過大な不安についての事業者の認識」と「生活維持が困難になる旨の告知」の要件については、事業者が具体的にどのような文言で勧誘したのか、消費者はどのような話をしたのかなどの、具体的な言動で判断されます。
記憶があいまいで、購入当時の状況を説明できない場合
もし同席者がいれば、その人から事情を確認することになります。同席者がいない場合は、消費者から契約締結交渉について何か聞かされていないか、聞かされた場合は、どのような内容であったか、できるだけ詳細に事情を聞きましょう。
聞き出した内容を基に、消費者相談窓口に行きましょう。同じ業者に対して多くの被害届が出されており、役所で手口を把握していることがあります。それらを総合して記憶をたどることができれば証明もしやすくなります。あきらめずにぜひ相談してください。
認知症父が「投資用タワマン」購入…不当な契約では?
【事例】
85歳の父が投資用のタワーマンションを買っていましたが、大丈夫でしょうか。
以前からタワーマンションなどの購入を検討していたかが重要です。情報を集めており、価格や場所の価値などの知識があるのであれば、それなりの判断力があったとみられます。しかし、これまで購入しようという態度がまったくなかったのに、ある日突然購入契約をした、というときは疑ってみましょう。
次のポイントは、不合理な高値であるかどうかです。
「周辺のマンション価格と比較してどう見ても高値である」「今の手持ち資金を使い切るほどの価格である」「年金を含めて資金計画がぎりぎりである」などの事情があれば、消費者の判断力が著しく低下しており、そこに付け込まれたという一つの裏付けとなるでしょう。そうすると、購入の経緯において、何か不当な勧誘行為等があった可能性が高いと推認されるでしょう。
また、このような資金計画についてまったく話もできないようであれば、「判断力が著しく低下している」と認められるでしょう。
相手が、例えば「この投資用マンションを買っておかないと、定期収入がないのだから、奥様と今のような生活を送れなくなってしまう」などと言って不安を煽り、これを購入しなければ現在の生活の維持が困難になる旨を伝えたことがわかれば、より立証しやすくなります。できる限り詳細な言葉などの事実を解明するとともに、証拠の収集に努めて対応しましょう。
なお、消費者相談の窓口に相談すると、その事業者が、同様のやり方で高齢者をターゲットに悪質商法をしていることがわかることもあります。恥ずかしがらずに相談することをお勧めします。
<その他の条文>
【消費者契約法】第4条(消費者契約の申し込み、またはその承諾の取り消し)
第3項 消費者は、事業者が消費者契約締結のため勧誘する際、消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって消費者契約の申し込み・承諾をしたときは、申し込み・承諾を取り消すことができる。
第5号 消費者が、加齢または心身の故障によりその判断力が著しく低下していることから、生計、健康その他の事項に関しその現在の生活の維持に過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安を煽り、合理的な根拠等がないのに、消費者契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨を告げること。
住田 裕子
弁護士(第一東京弁護士会)
NPO法人長寿安心会 代表理事