偏差値52からスタートし見事京都大学に合格した農業研究者・篠原信氏は、水耕栽培の分野にて続々と新規技術を開発している。同氏は書籍『ひらめかない人のためのイノベーションの技法』(実務教育出版)にて、「センスがなくても創造的な仕事を生み出すことは可能である」と断言しているが、その根拠は何だろうか? 本連載でひも解いていこう。

誰も教えられない「未知のモノ」を理解する方法

これまでの教育では、「既知」への向き合い方を教えることはできた。すでに知られていること、正解とされることを教科書で教え、子どもはひたすらそれを丸暗記する。全国民に教育が施されるようになったのが、ほんの百数十年前だということを考えると、こうした教育方法が取られたのにも、それなりに意味があったと言わねばなるまい。

 

しかし、そうした時代が急速に終焉しようとしている。昔は百科事典を備える家は必ずしも多くなかったが、今は百科事典と遜色のない膨大な知識を、インターネットを介して無料で手に入れることができる。丸暗記しなくても、概要さえ頭に入っていれば、ウィキペディアなどで確認して済むようになった。暗記した知識の量だけでは、「知識人」とは呼べない時代が到来したと言える。

 

しかし、現代でもなお、どう向き合えばよいかはっきり分かっていないものが「未知」だ。まだ誰も知らない知識。あることはなんとなく分かっているけれど、どうしたら「分かる」に変えられるのか分からない知識。そうした「未知」を「既知」に変える技術を、私たちはまだ十分に把握できていない。普及させることができていない。

 

「未知」を「既知」に変える方法、それは「科学の5段階法」だと考えている。「科学」というフレーズを耳にしたとたん、文系の自分には理解できない話が始まったか、と早とちりされる方がいるかもしれないが、ちょっと待ってほしい。というのも、これは赤ん坊が生まれながらに駆使している方法だからだ。

 

赤ちゃんにとって、生まれてきたこの世界は、未知なるものであふれている。何しろ、まだ言葉も分からないから、予備知識を持ちようがない。お母さんの語りかける言葉さえ、「未知」の状態。だから大人も赤ん坊に教えようがない。そんな中で、赤ん坊はどうやって言葉を憶えていくのか。

 

最初は、「マンマ」「ダーダー」といった喃語(なんご)しか口にできない赤ちゃん。母親はわが子の微妙なニュアンスの違いを見抜き、「こういうときはお腹が空いたのかな?」と仮説を立て、ミルクを用意するようになる。すると赤ちゃんのほうも、「こうした声を出すと、お母さんはミルクを持ってきてくれるかも」と“仮説”を立て、次第に意識的にそのように声を出すようになっていく。

 

身の回りで起きる現象に興味を持ち、「未知」を「既知」に変えていく作業の中で、教えられもせずに様々な技術をマスターしていく。このとき、赤ちゃんが行っていることは、次のような「科学の5段階法」そのものだ。

 

●観察…お母さんがどんなときに「ミルク」だと思うのかをつぶさに観察する。

●推論…お母さんは、ボクのこういう泣き声のときにミルクだと思うみたい。

●仮説…ボクがこう声を出したら、お母さんは「ミルク」だと分かってくれるかも。

●検証(実験)…ミルクほしいな、この声で泣くよ! 分かってね!と試してみる。

●考察…仮説通りにうまくいったか、うまくいかなかったらなぜなのか考える

 

観察→推論→仮説→検証→考察。考察まで来たら、また1段階目の観察に戻る。これをグルグルと繰り返して、赤ちゃんは「未知」を「既知」に変える作業をしている。

 

イラスト:吉村堂
未知を既知に変える科学の5段階法 イラスト:吉村堂

「科学の5段階法」は恋愛やビジネスにも有効

この作業は、恋愛でも無意識に行われているものだ。大好きなあの子と親しくなりたい。だから、(気持ち悪がられない程度にこっそりと)観察する。すると、彼女は動物の話題でニコニコしていることに気がつく。「もしかしたらこの子、動物が好きなのかな?」と推論が働く。「動物の話題を振ったら興味を持ってくれるかも」という仮説に思い至る。そこで話しかけるチャンスが来たら、動物の話題を振ってみる(検証)。仮説通り、動物の話で盛り上がった。けれど、ネコの話題は顔がくもった。「もしかしたら、ネコだけは嫌いなのかな?」と、次につながる考察をする。

 

次からは、ネコの話題をその子が避けているのかどうか、注意深く観察する…といったように、5段階法をグルグルと繰り返すことで、好きな子の特徴を把握していく。これにより、大好きな子の「未知」を「既知」へと変えていくことができる。

 

これは、ビジネスの場面でも活かせる。たとえば、「人気のカフェを開店したい」と企画したとしよう。まずは、人気店をたくさん訪問して「観察」する。そうする中で、人気店にはこうした秘訣があるのではないか、と「推論」が働く。

 

すると、「こうした店づくりをすれば人気店になるかも」という「仮説」が思い浮かぶ。その仮説が正しいかどうか、今度は不人気店にも足を運んでみる。「検証」してみると、仮説通りのすばらしい内装にもかかわらず、お客が少ない場合があることに気がつく。町並みをよく見てみると、高齢者が多い。若者向けの店構えと、住民構成のミスマッチに気がつく(「考察」)。今度は、立地も視点に加えた上で、観察してみる…。

 

このように科学の5段階法を繰り返し、次々に仮説を立てては検証を続け、仮説の精度を上げていく。お店を実際に構えてからも、科学の5段階法を繰り返し、よりよいお店づくりの改善を続けていく。

 

イラスト:吉村堂
イラスト:吉村堂

「科学の5段階法」を意識的に実践すべし

赤ちゃんが生まれながらに実践し、恋をしたときにも無自覚に実行している「科学の5段階法」は、ビジネスにも通じるすばらしい方法だ。じつは、どんな子も小学校に入学するまでは「科学の5段階法」を無意識のうちに活用し、知識と技術をマスターしていく。

 

しかし小学校に入ったとたん、正しいとされる知識を丸暗記する作業に追われる。その教育が小・中・高と12年間も続けられるうちに、子どもは「科学の5段階法」を忘れてしまう。大学に入学し、ゼミや研究室に所属すると、久しぶりに「科学の5段階法」に再会し、「未知」と向き合うことになるが、あまりに久しぶり過ぎて、どう向き合ったらよいのか分からない人が多い。

 

しかし、何度も言うように「科学の5段階法」は、赤ちゃんが無意識のうちに実践している方法だ。私たちは、「未知」との向き合い方を本能的に知っている。正解を暗記することが習い性になってしまっていても、恐れることはない。物事を虚心坦懐にじっくりと観察し、推論し、思い切った仮説を立て、それが妥当かどうかを検証し、その結果を考察する。それを繰り返していけば、「未知」と向き合い、解決していくことができる。

 

どんな仕事でも、この「科学の5段階法」は有効だ。赤ん坊の頃の気持ちを思い出して、やってみてほしい。

 

<ポイント>

「未知」を「既知」に変える科学の方法は、赤ちゃんが生まれながらに行っている。恋もビジネスも科学と同じ。「科学の5段階法」を意識して取り入れれば、未知のことに向き合うのも怖くない。むしろ楽しいことに変わる。

 

 

篠原 信

農業研究者

 

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