ソクラテスの大発見「無知同士の問答が新発想を生む」
ビジネスの世界では、コーチングという技術がすっかり定着している。私が20年ほど前にコーチングの本を読んだとき、デジャブ(既視感)がとても強くて、何だろうと考えていたら、「あ、ソクラテスじゃん」と気がついた。そう思っていたら、本のあとがきにも「ソクラテスの方法と同じ」と書かれていた。
ソクラテスは、若い人たちに大変人気の爺さんだったらしい。彼が町を歩いていると若者が気軽に声をかけ、自然に話が盛り上がっているところに別の若者も参入して、とても賑やかだったようだ。そんなソクラテスが得意としていたのが、「産婆術」だった。
「産婆」とは、今で言う助産師だ(ちなみに、ソクラテスは石大工だったから別に産婆ではない)。ソクラテスの産婆術とは、無知の者同士が話し合っているうちに、新しい知を生み出してしまう方法のことだ。
その様子は、弟子のプラトンがまとめた『メノン』という本に象徴的に現れている。数学の素養のないソクラテスが、やはり数学の知識のない友人宅の召使を呼び、図形を前にして質問を繰り返した。召使は質問されるがままに「こうじゃないですかね」と答えるうちに、誰も発見したことのない図形の定理を見つけるシーンが描かれている。
若者は、ソクラテスと話をしていると、知恵が泉のように自分の口から飛び出てくることに感動し、それが快感でならないから、彼のそばに居たがった。ソクラテスは年寄りだったにも関わらず、物知り顔に説教するようなことはなく、むしろ若者から教えてもらいたがった。「それはどういうこと?」「ほう! それは興味深いね。こういう事実と組み合わせて考えたら、どう思う?」などと質問を重ねる。すると若者はウンウン考えながら、「こうじゃないでしょうか」と答える。それをソクラテスはさらに驚き、面白がり、さらなる質問を重ねる。
どんどん思考を深掘りしていくうち、若者はそれまで思ってもみなかったようなアイディア、思索の深遠さに自ら感動して、その快感を忘れられなかった。ソクラテスも知らない。若者も知らない。無知な者同士が、問いを重ねることで新たな知を発見する。これがソクラテスの得意とした「産婆術」だ。ソクラテスに関しては「無知の知」という言葉が有名だが、功績の最たるものは「産婆術」の発見にあるように思う。
茶飲み話を「イノベーションの場」に変える方法
コーヒーをすすりながら、気楽な気分で冗談を言い合いながら、時にはボケとツッコミを入れながら、新しい「知」が生まれる瞬間もある。茶飲み話でイノベーションが成立するには、次の要件がある。
1.否定しない
2.新たな視点提供を歓迎する
3.提供された新視点から連想を展開する
これらの要件に気をつけながら話し合えば、アイディアが百出するようになる。こうした「場」を成立させるときに重要なのが、「ファシリテーター」だ。ファシリテーターは、参加者全員が意見を言いやすいように思考を刺激する触媒みたいな存在だ。最もイメージしやすいのは、『ハーバード白熱教室』で有名なマイケル・サンデル氏だろう。
サンデル氏は、出てきた意見を自分なりに解釈し、「こういう話もある。それと組み合わせて考えると、どうだろう?」と会場に質問を投げかけ、参加者の思考を刺激する。どんなにひねこびたと思える意見でも新視点の提供と捉え、「今の意見から、こういうことも言えるのではないか」と解釈(連想)を加えて、さらに質問を重ねる。そうして思考をどんどん深め、会場全体がそれまで経験したことのない思考の深みへと誘(いざな)われる。
「問い」が便利なのは、「情報を加味する」ことができることだ。「今の君の話でふと気がついたんだけど、こういう話と似ている気がする。だとすると、こうも解釈できるが、君はそれをどう考えるか」などと、質問する前に自分の考えを述べる形で新視点(連想)を提供し、さらに新たな思考を促す。こうすれば、「産婆術」が可能になる。