意外と知らない…「思考回路」にも多様性がある事実
ある日、新聞を読んでいると、嫁さんから「ねえ、今日、こういうことがあって…」と話しかけられた。しばらく会話して、新聞に戻った。ええと、どこの記事だったかな。ああ、これこれ。話の筋が分からなくなったな。最初から読み直すか。
「ねえ、こんな面白いことがあったんだけど…」とまた話しかけられた。ふんふん、と話を聞いたあと、新聞記事を読み返そうとするが、またもや何の話だったか分からなくなったので、もう一度最初から読み返すことに。
「あ、あれ見て!」――もうこらえられなくなって、「新聞を読んでる途中で話しかけられると、そのつど記事を最初から読み返さなくちゃいけなくなるから、ページをめくるタイミングで話しかけてほしい」と頼んだら、嫁さんはキョトンとしている。「読んでたところから読み直せばいいじゃん」。
私は、「え?」と思った。これはちょっと興味深い。じっくり話をしてみると、嫁さんは新聞を読んでいる最中に話しかけられても、記事の途中から読み返せば十分理解できるという。私はと言えば、読んでいる途中で話しかけられると、内容が全部吹き飛んで、最初から読み返さないと分からなくなる。
嫁さんは、「ああ、だからOL時代に『しゃべってないで手を動かせ』って男性の上司が叱っていたのか。女性同士で、『しゃべっていても手は動いているのにねえ』と笑っていたんだけどね」と思い出し笑いをした。私は私で、「それで女性は、仕事をしている最中でも突然用件を切り出すのか」と納得した。
一般的に、男性は一度に一つのことしか考えられない人が多いと言われる。他方、女性は途中で「一時停止」して別事に取り組み、その後「再生」して仕事に復帰することもできるし、なんなら同時に二つ(電話応対とパソコン入力)の業務をこなせる人が結構多いと言われる。
私は単線の直列回路で、嫁さんは並列回路。これは男女逆もあるそうなので、個人差が大きいものの、思考回路にバラエティーがあることは、頭に入れておいたほうがよい。単線の直列回路型の人は、一つのことにのめり込み、集中力は高いが、同時に複数のことに配慮するのが苦手。他方、並列回路の人は、同時に複数の業務をこなし、あっちに配慮しながら、こっちにも配慮できる器用さがある。
思考回路に合わせたアプローチで、仕事効率が向上
この思考回路の〝違い〟を頭に入れておくと、職場の効率は大きく向上する。単線直列型の人に突然話しかけて用件を切り出すと、のめり込んでいた業務内容がすべて吹っ飛ぶ上に、何の用件を話されているのかもついていけず、ひどく効率が悪くなる。その場合には、「ちょっといいですか」と声をかけてひと呼吸待ち、本人が思考にひと区切り入れたのを確かめてから、用件を切り出したほうがよい。すると、それまでの業務をムダにせず、用件を理解するのもスムーズになる。
並列処理型の人は、電話しながらパソコン入力も可能なので、「おしゃべりしていないで手を動かしなさい」という注意は意味がない。業務をこなしつつ、他にも目配りできるのだから、「おしゃべりを楽しみながら業務をこなす」ほうが気持ちを明るく保ち、効率を上げる効果がある。
「思考回路に合わせた指導」で能力開花
思考回路の違いは、塾で子どもを指導していた頃から感じていた。数学の成績がひどい二人の中学生がいて、一人は工業高校に、一人は普通高校に進学した。すると、工業高校の子は塾をやめたあとも時折、「先生、見て!」と100点の答案を持参するようになった。他方、普通高校の子は進学後も塾に通い続けていたのに、「サイン、コサインって、なんじゃあ? なんで、こんなこと覚えなあかんのじゃあ!」と文句ばかりで、成績が一向に振るわなかった。
工業高校の子に、どうして数学で100点を取れるようになったのか、なんで塾に通っていたときにその成績を取れなかったのか、聞いてみた。すると、「座標のX軸、Y軸ってなんのことだかさっぱりだった。けれど、金属板に穴を開けるのに右に何cm、奥に何cmっていう位置決めは座標そのものだし、歯車を回転させると棒が何cm飛び出るといった計算に、サインとかコサインが役に立つのが分かった。現実に役立つと分かったら、数学が俄然面白くなった」と答えてくれた。それを聞いた普通高校の子は、「いいなあ、俺も工業高校に行けばよかった」と残念がっていた。
子どもに限らず、大人でも「なぜかが分からないと先に進めない人」と「役立つことが分からないと先に進めない人」の違いがあるらしい。右の例は、どちらの子も「役立つことが分からないと先に進めない人」だった。普通高校では理屈ばかりで、何の役に立つのか全然教えてくれない。工業高校は実践的で、数学が何の技術に直結して役立つのかが分かりやすいので、納得が得られ、やる気も出たようだ。
「なぜかが分からないと先に進めない人」には、理屈やメカニズムを丁寧に教える指導のほうが納得しやすく、内容を習得しやすい。「役立つことが分からないと先に進めない人」には、理屈やメカニズムはあと回しにして、何に使えて役立つのかを先に説明したほうが内容を習得しやすい。
指導方法が逆になると、「分からない」「納得いかない」「やる気が出ない」となってしまう。「なぜかが分からないと先に進めない人」は、実用性を軽視しているわけではない。しかし、まず理屈やメカニズムを納得できないと、役に立つような使い方を工夫する気が起きないという性質がある。メカニズムさえきちんと理解すれば、工夫して使い道を創造することさえできる。
一方、「役立つことが分からないと先に進めない人」も、理屈やメカニズムを軽視しているわけではない。しかし、まず役に立つツール(道具)であることを納得できないと、理屈やメカニズムも見当がつかないという性質がある。役立つことさえ納得いけば、意外とメカニズムを推測する能力に優れている。
「なぜかが分からないと先に進めない人」は、使い方や役立て方を他人から教えられるのが嫌い。「そんなのは自分で考えるから、理屈のほうを教えてくれ」というタイプ。
「役立つことが分からないと先に進めない人」は、理屈やメカニズムを他人から教えられるのが嫌い。「そんなのは自分で考えるから、まずは役立て方を教えてくれ」というタイプ。人から教えてほしいことと、教えてもらいたくないことが、ちょうど正反対になっている。
自分が一方のタイプだと、別のタイプの人間を理解しづらい。「こんなに理屈を説明しているのに、なんで分からないんだ。理解力がないからに違いない」とバカにしたり、「こんなに便利なツールなのに、なんで使いこなせないんだ。不器用な奴だ」と決めつけたりする。しかし、どちらも誤解だ。
どちらのタイプであるかを見極め、適切な接し方に気をつければ、「こいつに理屈を説明してもムダだ」と思っていた人が、説明もないのにメカニズムを正しく推測する高い能力の持ち主であることに驚かされたり、「不器用な奴だ」と思っていた人が、創意工夫して新しい道具を開発する能力があることに驚かされたりするだろう。
もし誰かを指導することになったら、まず自分がどちらのタイプであるか自己診断したほうがよい。その上で、自分とは異なるタイプの人間をどう指導したらよいか、腕を磨くべき。そうでないと、自分と異なるタイプの人は、適切な指導を受けられず、能力も発揮できないまま、という不幸な目にあう。
日本の数学者、吉田耕作氏は、工学者の説明が具体的過ぎて分かりにくいので、もっと抽象的に話してほしい、とお願いしたというエピソードが残されている。「役立つことが分からないと先に進めない人」からすれば、なんとも不思議に感じるかもしれないが、理解様式は、このように人によって様々だ。
こうした、人の特性を考慮したものづくり、サービスの提供は、イノベーションの一形態になり得るだろう。なにせ、そういったものづくりやサービスは、まだ十分とは言えないのだから。また、社内のマネジメントでも、こうしたことを配慮して行うと、これまで以上にパフォーマンスを向上させたチームを形成することができるだろう。スタッフの理解様式に合わせた指導の仕方を工夫するのもまた、イノベーションの一つだと言える。
<ポイント>
人間は、得意不得意がまったく逆ということがままある。上司は、自分と同じタイプしか活かせないようではいけない。部下の様々な特徴を活かし切ることで、イノベーションをうまく発動できる職場環境を整える必要がある。
篠原 信
農業研究者
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